前略、お父さん。娘はあなたと最期まで付き合うと、決めております。

実家の家業を手伝うようになって、4年が経つ。

過去に母が鬱になったときから、
その未来を予感していた。せざるを得なかった。

正式には、アプリ会社での広告担当を辞めた
1年半前に ウェブ事業部責任者として始まった。


事業部といっても、小さな会社である。
しかも 売るものを作らねばならず
資金繰りの荒波を超えて、新商品の選定と同時に
補助金の交付を皮算用しながら進めるという
手探り極まりない まるで事業の家庭内手工業。

しかも その家庭内産業革命の始まりは
もうこのままでは会社が潰れる、という理由からで
最悪にネガティブで
よくある 事業継承のスタイルだったのではと思う。


父の事業は30年続いた。
それは 数字としては稀有 であるが
内情は お客様とのご縁の期間 そのものである。
その仕事で子どもたち3人が巣立てた。

よほどの力が 父にはある。
それを皆、不思議に思っていた。

わたしはパンドラの箱を、開いたのだった。

仕事について父と話すにつれて
父のおかしさが目に付いてきた。

そして、母の鬱もまた、この父が長年を掛けて
創り出した業績でもあると知ったのだ。

◆◆

わたしは家族の中で最も母と過ごした時間が長く
それに比例して母への嫌悪も根強かった。

同性の第一子なんて、
どこも同じようなものかもしれない。

親のアラを、または家族の業 とでもいうのか
もっとも強く押し付けられる役割を担ってきた。

わたしは母のハケ口でもあったのだとおもう。
あの人は うまく記憶をすり替える特技があり
全否定をしたが、それが高じて鬱になった。
それがその証拠ではないかと
わたしは疑って見ている。


母が怒ると 手がつけられない。

小学生高学年のときは
下半身素っ裸で家から追い出されたこともあった。
夜中の街灯の近くにいた わたしの前を
通り過ぎた人は、顔を伏せて 速足で去った。
生きていないものだと思われたのかもしれない。
生きている意味が無いと感じていたので構わない。

逃げまどうしかない 子どものわたしたちは
捕まったら死ぬのではないか という
永遠に繰り返される鬼ごっこを恐れた。

ハサミが飛んでくるのは当たり前で
ある日、なぜ逃げるのか はたと気がつき
包丁で対抗して どうしてやろうかと向かうと
それから 母は怯むようになった。

その後、わたしの 反抗期は べらんめえで
家庭の外に出て行ったのは、必然の流れであった。

アレはアレで、今となっては
自分を守れる唯一の方法だった。

外で揉まれる荒波は
家の中の嵐に比べれば まだマシだったのだ。


◆◆


父は 家庭の中で ひとり 別の世界で 生きていた。

事業を持つとは 自分の世界を持てるということだ。
その中で繰り広げられるストーリーは
例え苦難であったとしても 自由度が高いだけ
家庭のストーリーに比べれば 喜劇寄りだとおもう。

その喜劇を、父は家庭にも持ち込んだ。

いつも仕事の話や お客さんとの会話を話しては
持ち前の営業力で 家族に自分を売り込んだ。
その おもしろおかしい話や 冒険譚は
父だけのストーリー **であるにも関わらず
わたしたちはそれを **父親像
として
受け取っていたようにおもう。

その幻想譚に、長年洗脳されていたことを
ここ数年で理解した。

◆◆


常に彼は自分のストーリーの中だけで生きている。
父という物語も 夫という物語も
すべて放棄した結果が、
配偶者の精神が病むという 結果を 招いた。
その物語の結末には こんなラストがあったことを
若い父は知らないでいた。

そして、事業がうまく進まなくなったときに
娘の力を入れることで 補えることを
しめしめと思ったのは 間違いないとおもう。

補欠が繰り上がったくらいの 薄っぺらい感覚が
父には やはり あるのだとおもう。
本人は いたって 無自覚だろうけど。

助けてとは言わないところが 営業力の為せる技だ。

このような穿った見方が身についた娘だというのは
父の 大きな大きな 誤算であったかもしれない。

穿っている自覚はあるので述べておきたい。
父は至って普通の一般的に優しい人で
極めて高い営業力と 手先の器用さを差し引けば、
万人が万能でないのと同じように
父もまた不得意な偏りを 大きく持つ 普通の人だ。

ただその偏りを人に解決を促す営業力さえなければ
もっと無害度は高かったのではないかとおもう。

ただ、この家族にとっては
このストーリーを歩むことが宿命であった。


◆◆


さて、話を戻す。
わたしは 1人で新商品販売に伴う資料作りと
他国語の技術証明書の読み込みに全神経を掛けた。
その日々は、わたしの精神をも 蝕んでいった。

ただでさえ、
ど素人が踏み出すテリトリーにしては難易度が高い上
日々コロコロと変わる父の軽々しい未来予測と
わたしは 激しくぶつかった。

わたしの 父への激しい怒りは
恐らく全てを転嫁したのだとおもう。

積年の恨みをバネに、彼を変えようとした。

それは多くの社員が辞めていった原因でもあり
この家族が苦しむ根源を創り出した、原因。

しかし、もう人生の残り年数が
両手の指に収まるほどの年齢となった父には
今更それを変えるなど不可能であった。

人を変えようとすることは難しい。
あなたが先に変わりなさい。

などという耳障りのいい言葉に
どんなに迎合したくとも 流れないのが自分だ。
その本当の意味などわからない。わたしは。

だって彼が変わらなければ
この事業は もう 正しく決定さえできない

変わらないと決めたのなら
変えないと言って 娘を突き放すのが ベストだ。
そして自己破産などの手立てを組むべきなのだ、
一創業者として。

しかし、彼は答えを出さず わたしに解決を促した。 
そういうところが、父のズルいところなのだ。

わたしは、父を時におだて、現実を突きつけた。
父は 今の本当の姿を見るしかない。
もうバブルの匂いなど嗅いでる場合でもない。
現実へのコンセンサスを取るために必死だった。

わたしは 身体を壊すギリギリまで応酬し
子どもが父からの電話を怖がるようになって
ようやく、もう辞めようとおもった。

このやり方は、違う。


◆◆


それまで父のコンセンサスを 小さく細かく取って
進めていたが、大まかな方針のみ了解をとっては
全ての窓口を自分に集約した。

それなりに、わたしなりに、それまでのやり方は
父の会社へ敬意を表すと考えていた。

しかし、違ったのだ。
彼は重荷だったのだと、
そのやり方を変えて ようやく気がついた。

わたしは父の年齢も、父の本当の姿も
見誤っていたのだ。

あの子どもの頃に 父が見せてくれた
ストーリーに カモフラージュされた父を
わたしは 父の姿だと 何の疑いもなく信じていた。
それに、気がついたのだった。

◆◆

子ども時代、わたしたちにとって家族旅行は
父の出張に着いていくことだった。
永遠に前を走る車の バックナンバーを眺める旅行。

長く続く赤いテールランプの天の川は
静かな家族の時間にだけ 見えた。

わたしはその旅行が 好きだった。
そんな単純なことに幸せになれるのに
簡単に死にたくなる 子どもらしい子どもだった。

その心地よい時間に 繰り広げられた 夫婦喧嘩は
わたしには 赤い天の川の美しさや
夜風の運ぶ香りの 素晴らしさの前では
少しも貴重なものではなかった。

じぶんでそうした。のか
本当にそうだった。のかは、わからない。
味わいには 思い出すら塗り潰してしまう力がある。
そうして、わたしの思い出は塗られてきた。
塗って生きるのは 人の性だとおもう。
塗らずに済んだ記憶の写真など 一枚もない。

だけど、そこに何を塗ったのかを
どのように塗ったのかを
わたしだけは 知っていたい。

泣きながら塗ったのか。
嬉しくて塗ったのか。
あまりの恐怖に ペンキをこぼしてしまったのか。


そういうことも、たしかに、あった。
泣きながら塗るなんて、しないで生きたかったと
昔のわたしは いうかもしれない。

だけど塗ってきた思い出は
わたしにとっては かけがえのないレガシーだ。
あなたは塗っていて良かったのだ。
いくらだって、あとから、その跡を辿ることなど
出来るが、塗ることはあの時にしか出来ない

だから生きてこれた。
それは本能的な生命力の表れだとすらおもう。

ただ、もう何を どのように 塗ったのか
知っていてもいい 自分になれた。

あとは任せてほしい。


◆◆


あの弱くて 強くて どうしようもない 強欲で
自己愛の強い 優しい父。

わたしは 父の化けの皮を剥いでしまった。
吐き気にも似た 過去の回想から薄皮を剥がした。
薄皮の下に思い違いの姿を見つけても なお めくった。

そして表と裏の2つを並べて
ようやく こういう姿だったのかと エスキスを眺めた。

神々しさなどない。
ただ荒く削られ ところどころ偏った 木片。
手彫りの跡に、自分の内部から微かな記憶が
掘り起こされる。
あぁ、あのときの自分は無邪気だった。
無垢で無力で 無心に 父に憧れた。

彼はずっとこの木片を削り続けてきたのだ。

わたしには諦める必要もない。
自分を変える必要もない。
ただ 思い出せばよかっただけなのだ。
そして現実を曇りなく見ればよかったのだ。
老いた父の木片を その削り跡の一筋さえ
見逃さずに、よく目を開く必要があった。


◆◆


わたしは今、父に優しい。
いまは、その事実があればいい。

自分が、父をどう思おうが どうでもいい。
わたしは何をできる人なのかということを
もっとも重視している

どう人と付き合うのか選ぶことは
わたしにとって わたしとの付き合い方そのものだ。

そのもっとも最適な位置で
寛ぎながら 茶を飲みながら 座っていたい。
ただそれだけだ。

彼をなんて思っていようが、どうでもいいのだ。
どう思う必要も 差し迫る理由も わたしは持たない。


ただ自分がどんなことをする人なのか
そっちを信じたい。
それが自分だとおもっている。

わたしはわたしのストーリーがあって
それは親でも誰も 立ち入ることが許されない。

そのストーリーを何度も
スクラップ&ビルドしながら
より好きな形に成形している。

ただそれだけのことなんだとおもう。


父よ、あと少しお付き合いしていきましょう。
それがこの家族の決着になるのでしょう。
わたしの決着でもあります。
素晴らしい時間です。生きている意味があります。

#家族 #親 #子ども