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エッセイ「ローズウインドウ」と「帝国ホテル」と「お誕生日」

 教会の扉を一歩入ると、一気に時空を超えた。
 三廊式の室内の落ち着いた暗さが、厳かな気持ちにさせられる。光の祭壇へとまっすぐに伸びる中央通路をゆっくり進むと、どこからか賛美歌が聞こえてきた。祭壇の奥には、アーチ型になった細長い窓の美しいステンドグラス、その下には七体の聖像が置かれていた。

 いつもは花よりだんごの還暦女子の私と友人も、この神聖な空間に、思わずうっとりとして、その場のエネルギーに身をゆだねた。
 こころの中がしーんと静かになって、今までの罪や欲深さに ―もういいんですよ― と許されたようで、胸の奥があたたかくなった。キリスト教徒でもないくせに、マリア様のような優しい気持ちを感じることができたのは、きっと「ローズウインドウ」がもたらしたギフトだ。

 「聖ザビエル天主堂」は、フランシスコ・ザビエルが来日した記念に、明治23年京都に建てられた教会堂だ。典型的なゴシック様式のカソリック教会で、正面の大きな「薔薇窓(ローズウインドウ)」と、教会内の色あでやかな数々のステンドグラスが印象的である。現在は、明治村に移築され、登録有形文化財に指定されている。
 移籍された時に、保管と保存のために外された「ローズウインドウ」が、教会内入ってすぐ右手にどーんと展示されている。間近で見る「ローズウインドウ」は、直径3.6メートル、その大きさと荘厳な美しさに圧倒された。前に立つと光のベールに包まれ、体の中からどんどん浄化されていくようだ。
 その不思議な感覚は、そう、日本の神社の参道で砂利道を歩く(その音で邪気が払われる)時のものに似ている。なぜ日本的なものを感じるのかと思って、説明書きの看板を読むとこうあった。

“ 伝統的なステンドグラスは、図形を描いて焼き付けた色ガラスを、鉛の枠でつなぎ合わせます。しかしこの薔薇窓(ローズウインドウ)は、ステンドグラスの製造法が日本にもたらされる前のものであるため、木製枠を使った日本独特のものです。又、ガラス絵の手法を使って色ガラスに白ペンキで図様を描き、外側に透明ガラスを重ねて保護している二重ガラスになっています。”

 「なるほど、そういうことか」と納得した。初めて建てる西洋建築に、日本の大工の職人技が駆使されていたのだ。教会全体の木造部分にケヤキが使われているのも、日本らしさを感じる所以だ。ここで、瞑想をしたらどんなに心地いいだろうかと思ったが、本来の目的があるので後ろ髪をひかれながら外に出た。

 今回訪れたのは、愛知県犬山市にある「明治村」、明治建築を保存展示する野外博物館だ。学生時代に行ったきりだったのだが、最近ある建物(昔はなかった)がそこにあるのを知った。
 それが「帝国ホテル中央玄関(二代目・ライト館)」、明治村の一番ウリの建築物だ。近代建築の三大巨匠と呼ばれるフランク・ロイド・ライトが、設計したのはあまりに有名だが、その中でもライト自身がインテリアや家具・食器まで手掛けたというライトワールドの傑作である。おまけにその建物内の喫茶室で、コーヒー(帝国ホテルオリジナル)とケーキが頂けるというのだから、いかない理由が見つからないない。
 
 「帝国ホテル中央玄関」は本当に素晴らしかった。文明開化の息吹を感じた、ライトのこだわりにも感動した。ちなみに、明治村の建物の数は六十を超えていて、一日ではとても回り切れない。個人的には、森鴎外と夏目漱石が住んでいた家には文芸の縁を感じたし、入鹿池の壮大さにこころが解放され、浪漫亭のオムライスは絶品だった。

 でも、実はもっと驚いたことがあった。それは、到着してすぐに園内の周遊バスに乗った車内でのこと。運転手さんがアナウンスガイドをしてくれるのだが、突然クイズが始まった。

「みなさん、今日、3月18日は何の日かご存じでしょうか?」

え、春分には二日早いし、なんだっけ?と思っていたら、
運転手さんがこう言った。

「今日は、明治村のお誕生日なんです。1965年3月18日に開園して、今日で五十九歳になります」

 社内はぱちぱちと拍手で包まれた。
 まさか、そのお誕生日にピンポイントで来るなんて、と思わず友人と二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
 こういうおめでたいシンクロは、潜在意識的には ―いい流れですよ― という祝福のメッセージだからだ。なんだか背中を押してもらったようで、嬉しくなった。

 明治村、五十九歳おめでとう!
 来年、還暦を迎える明治村に、みなさんぜひ行ってみてください。
 きっと祝福のエネルギーをたくさん受け取れますよ。

明治村のホームページはこちら
https://www.meijimura.com/


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