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小説とか詩とか

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瑞野が書いた小説や詩をまとめています。短編多め。お暇な時にぜひどうぞ。
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#短編小説

小説『コウベ・タータンチェック・メモリーズ』

「摩耶子~、明日暇?」金曜日、私は職場の同僚に声を掛けられた。「えー、なんで?」「いや、暇だったら梅田にご飯でも行かない?と思って。」「あー・・・」私はスマホの電源を入れると、さっさっと指で画面を撫でる。それとなく操作したように見せると、「ごめん、明日予定あるわ」と答えた。「男?」「ちょっと、そんなわけないでしょ~~~」「男ではないわ。でも、予定あるから!ごめん!じゃあね!」 それだけ言って、私は同僚に背を向ける。たまの休みぐらい、カーストも何も気にせず過ごしたい。だから、

小説『日向と日陰』

昼夜を問わず眠り続けることが、私はよくある。 ステージで上手く活躍できなかった時や、 激しいレッスンで、心と体をすり減らした時や、 心なき声を浴びせられた時。 どんなに追い詰められても、眠っているときだけは、自分がひとりであることを実感できて、安らぐのだ。家に帰って、羽毛布団の中に潜っていると、まるで自分の体がすっぽりと大きな麻袋の中に詰められているような気分になって、このまま誰かに海に沈めてほしくなる。 世界は全て日陰と日向でできている。 沢山の人の注目を集める華々

短編小説『ロックバラード』

私の夢は二度と叶うことがないと分かった日。 私は家で一日中泣き叫んでいた。 堅く閉ざされたドアの前で、母親は何も言わず黙って立っていた。私が泣き止む朝まで、側にいた。私が目を腫らして部屋の外に出てくると、壁にもたれかかったままスヤスヤと眠る母が居て、思わずちょっとだけ笑みがこぼれてしまった。あの日々に、私は一体何を見出せばいいのだろうか。少なくとも、まだ幼い自分にその答えはすぐに出せなかった。 フェリーは苫小牧の港へ着いた。 まだ夜も明けきれぬ冷たい北の町には、真夜中程

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小説『introduction』

「じゃあ、定期ライブお疲れ様でしたー!」 グラスが一斉に高鳴る。天王寺にある古ぼけた居酒屋。いつもサークルでライブを開催した後、決まってここで打ち上げを行う。今夜も、狭い座敷に部員がすし詰めになって酒を飲みかわす。 俺はいつも絡むサークルの仲間と話す。 「・・・どうなんだよ?卒業したらどうするんだ?」 「んー、まあ、音響関係の会社で働くかな」 「バンドは?」 「無理無理。プロで食っていけるほど才能ないし」 「けっ、お前もそれぐらいの奴か・・・」 俺は思わずがっかりしてしま

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#2000字のドラマ_小説『スターライトマイン』

梅雨の晴れ間、晴れた空に洗いたてのシーツが映える。ひらひらした布は風に乗り、雲のようにふくらむ。あー映える。ほんとに映える。インスタにでも載せたい光景。 でも、今の私はそんな気分じゃなかった。 っていうか、そもそも仕事中だし。 「よかったわねー。天気が良くて助かったわ」 「洗濯物、片付きましたね」 私は保育士。春から大学を卒業して保育園で働きだしたばかり。先輩の先生方に助けられながら、慌ただしい毎日を過ごしている。 時間は昼過ぎ。昼休みが終わって、遊び疲れた子どもたち

短編集『初期微動』

「忘れ得ぬ日々」 朝の大通り。 港の冷たい風が、ランニングで熱くなる体を冷やしてくれる。いつも走る決まりのコース。もうすぐ大きな橋に差し掛かる。一番厳しい坂道だ。いままで一度も止まらずに渡れた事は無い。 私はひとり、自分と戦っていた。 「いやーかっこいいなぁ・・・」 「誰が?」 「サッカー部のキャプテンで、容姿端麗、正確抜群。勉強も出来る。 漫画の主人公かってぐらいの好青年?」 「ああ、サクライ君?すごいよねぇ~」 「でも私たちとかじゃ相手にもしてもらえなさそう・・

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小説『THE ANGEL FLEW OVER DOWN TOWN』

交わしたはずのない約束に縛られ 破り捨てようとすれば後ろめたくなるのはなぜだ? 芯から冷える12月の末の夜。東京は爆弾低気圧の襲来によって記録的な積雪を観測し、その混乱は夜になっても続いていた。自分ひとりしかいない1DKのアパートの部屋の中で、俺は愛用の白い携帯ラジオを付けた。周波数のダイヤルはTBSラジオにずっと合わせっぱなしにしている。薄いノイズが混ざりながら誰かがリクエストした「drifter」が流れている。でもそれは、キリンジが歌った原曲の方じゃなくてBank B

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#140字小説『key』

Twitterであの人と同じ名のアカウントを見かけた。鍵が掛かっている。もう二度と出てこないでほしいのに。頭に浮かぶのは憎たらしくて、でも自分より透き通った瞳をしたあの人の笑顔ばかり。あの日分かれた道を、今も私は顧みてばかりいるの。 ねぇ、また笑ってみせてよ。褪せたフレームの中で。 [了]

#140字小説『Starting Over』

一人一人に「今までありがとうございました、またどこかでお会いしましょう」と伝えていく時の胸の切なさは、言葉にできない。本当はずっとここに居たい。でも、時間は待ってくれない。空っぽになった部屋の鍵を締め、硬い革靴で地面を踏み締める。 見慣れた街から、 最初で最後の電車が走り出した。 [了]

小説『That was very fresh to me.』

風の音が聞こえる。 ひゅうひゅう、ひゅうひゅうと。 私の胸を、足を、肩を、頬を、風はするりするりと掠めてゆく。渓谷を勢いよく駆け下ってくる混じりけのないピュアな空気。美味しい空気という手垢の付いたフレーズを使うのが相応しくないぐらいに、とても美味しい。 来た道を振り返ると驚くほど急な下り坂が伸びていた。登っているときは実感しないものだが、想像以上に厳しい山道を登っていたことを知る。普段仕事をしているときは完全なデスクワークでちっとも体を使わない。山に行かないうちに随分細身

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小説『グラヴィティ・ペアー』

2041年8月。 日本初の民間スペースシャトル「eureka」が、鹿児島県種子島から打ち上げられた。この夏、人類が移住するために20年かけて開発されていた地球の衛星軌道上の大型宇宙ステーション「noah」がついに完成。アメリカ・ロシア・中国・日本・フランスのそれぞれから代表が移住し、居住実験がスタートする運びとなった。そして、移住者が「noah」に到着し本格的に居住がはじまるきょう、世界中の視線がこのステーションに注がれていた。 ステーションからの第一声は、YouTube

#2000字のドラマ_小説『浅葱色ロングコート』

どうしてあのひとはいつも あのコートを着てくるんだろう。 出会った頃、わたしは不思議に思った。 理由を尋ねてもあのひとは答えてくれなかった。 緑よりも明るいけど、きみどりよりは少し暗い。 太ももの真ん中ぐらいまで伸びたロングコート。 秋から春の間はいつもあのコートを着ている。 いつもおなじなのに、中の服の着回しがいいから 別人のように見えるし、おしゃれにちゃんと見える。 そこが、あのひとの好きなところだった。 わたしとデートするときも、必ず着ている。 ふ

#2000字のドラマ_小説『君と出逢った奇跡』

私はどうしても突き止めたかった。放送部が毎日流すお昼の校内放送。そこにいつも私が大好きなスピッツをリクエストしてくれる子の正体を。しかし、その正体が誰なのかを特定するのはとても難しい。私の学校は中高一貫校。とてもたくさんの生徒がいる。校内放送で毎日流れる音楽。そのリクエストを書き込むカードには、本名を書くところがない。ペンネームとタイトル・アーティスト名だけでリクエストできるのだ。 「・・・それで、リクエストボックスの前で張り込みを?」 「そう、徹底的に張り込んで見つける

#2000字のドラマ_小説『スターティング・オーヴァー』

「選択肢を増やしたくて一応就活もしていて、内々定はもらったんですけど、やっぱり女優への道をどうしても諦められなくて。夏休みいっぱいは色々と考えてみようかと思っています」 そんな私の現状報告に、教授はこう即答した。 「就職しなさい。親御さんにも負担はかけられないだろうし、何より安定した仕事につくことが一番大事だろう?それがいい」 教授が軽く発した言葉に、失望した。 「はは。ま、そーですよねぇ〜。」 私は意見に同意するようなニュアンスの返事をして、軽く受け流そうとした。