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[月記]24年1月 怠惰

素でだいたい怠惰です。(創作回文)

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聖書には七つの大罪が記されている。 怠惰・暴食・色欲・強欲・憤怒・嫉妬・傲慢だ。大罪というと大いなる罪のように聞こえるが、誰しもが囚われがちなこれらには様々な罪を生む根源の欲求という意味がある。
マズローの5段階欲求に当てはめるなら、怠惰・暴食・色欲は生理的欲求に、強欲・憤怒・嫉妬・傲慢は安全の欲求や社会的欲求に分類されるだろう。いずれにせよ、生き物であればこれらを跳ね除けるのは容易ではない。聖書がこれらを克服するように要請するのは、我々が知性を持った人間だからなのかもしれない。知性が、低次の欲求を過剰に満たすことを阻止する。知性が、人間を立派な人間たらしめる。

しかし一方で、己の欲求と完全に決別できる人間は人間らしくないとも言える。抗いたくても抗えない、という葛藤にこそ人間味があり、愛おしさを感じる余地がある。そういった感情の揺らぎもまた知性に由来する……。

というわけで、私は怠惰な輩です。
自分のための日記を毎日続けることなんてことは到底できないし、たとえそれが衆人環視であっても月に一度だけで良くても、書くことを欠く怠惰さを持ち合わせています。何かを継続して続けてみようという強い決意・迸る気持ちで自分と結んだ約束・じりじりと後退しながら覚えゆく焦燥・圧倒的なまでの何もしなさ。愛おしいでしょう? 私って存在は。

「そんな私でも愛してくれ」という言葉を結ぶ傲慢。