マガジンのカバー画像

短編小説、物語いろいろ

93
「巴の龍(ともえのりゅう)」「love's nigt」「ある独白(我が永遠の鉄腕アトムに捧ぐ)」「カオル」「甲斐くんの憂鬱」続々増えるよ
運営しているクリエイター

2021年8月の記事一覧

巴の龍 #5

夜を日に継いで、兵衛(ひょうえ)は 甘露(かんろ)の国に近づこうとしていた。 いくつかの峠や小山を抜けながら、 少しでも早く 少しでも遠く 来良(らいら)の国から 離れたかった。 海に囲まれた来良の国は 他国の者も出入りする 華やかな街だったが、今向かっている東の甘露の町は その影響が少なからずある。 甘露の国の北東に サライという他国民が多く住む土地があり、 港には常に異国の船が停泊しているらしい。 樹林川(じゅりんがわ)の海の注ぎ口にある甘露の町は、

巴の龍(ともえのりゅう)#6

「どうやって追いついたんだ? 俺は人の倍の速さで甘露にきたんだぞ」 「馬」 葵(あおい)がこともなげに言った。 やられた。 しかも葵の顔は静かに微笑みをたたえながら、 目は笑っていない。 「葵。あれはその、何だ。つまり・・・」 「つまり 私を捨てたってこと?」 怒っている。 葵が 怒っている。 「ち・・・違う。 葵を捨てるとか そういう問題じゃないんだ。 俺は ただ・・・」 「ただ、何?」 兵衛(ひょうえ)は言葉につまった。 手紙に書いたことは

巴の龍(ともえのりゅう)#7

大悟(だいご)がひろってきた少女は、気がついても まだ正気ではないようで、丈之介(じょうのすけ)が 薬草を煎じたり、野草を粥にして与えたりと 看病が続いていた。 大悟は今日も狩りに来ているが、身が入らない。 少女をひろって来た時、丈之介から聞いた話が いつまでも耳につき、繰り返し頭をよぎっていた。 それはまだ大悟が生まれる前の、 父・丈之介と母・桔梗(ききょう)の話だった。 北燕山(はくえんさん)を東に下ると 新城(しんじょう)という街がある。 その国は

巴の龍(ともえのりゅう)#8

しかし、もとより立っているのがやっと。 すでに手向かいする力などない。 桔梗(ききょう)は月を見つめ ひたすら祈った。 追手が まさに襲いかからんばかりに 迫った時だ。 月が追手に向かって光り、 三つ首の龍の姿になった。 光の龍は追手に向かって 咆哮するように襲いかかると、 追手はちりぢりに吹っ飛んで消え去った。 そして その光は、桔梗と丈之介(じょうのすけ)を 包み込み 光は吸い込まれるように 桔梗の太刀に 飲みこまれた。 「探したぞ、桔梗。 三

巴の龍(ともえのりゅう)#9

桔梗(ききょう)が答えると、洸綱(たけつな)は ひざまづき二人の子の手をとった。 小さな兄弟は身を硬くしてにらんだ。 「良い目をしておる。さすがは涼原(すずはら)の 血筋だ。わしもな、娘が生まれた。 葵(あおい)といって、下の大悟(だいご)と同い年だ。 そうだ、わしの娘と どちらか めあわせよう」 「兄上、このような幼き者に おたわむれを」 洸綱は 立ち上がった。 「本来 丈之介の身分であれば、この縁組は 叶うまい。 だが、あの負けいくさの後とあっては仕

巴の龍(ともえのりゅう)#10

馬を奪った兵衛(ひょうえ)は、そのまま 東の北燕山(ほくえんさん)に逃げ込んだ。 北東のサライに行くつもりだったが、 サライではまたすぐに葵(あおい)に 見つかってしまいそうな気がしたからだ。 しかし、獣道にさしかかり、馬では無理と 悟ると、あきらめて馬は逃がした。 馬と別れて何日かが経過したが、 山道に入りこんだ兵衛は、 行き先を見失っていた。 しかも空腹が襲いかかり、 やがて座り込んでしまった。 ぼんやりと草むらにうずくまっていると、 何かが動く

巴の龍(ともえのりゅう)#11

その嘲笑うかのような兵衛(ひょうえ)の眼と 少年の眼が交差した時、少年はカッと目を見開いた。 「おまえ、やる気だな!」 気がつくと兵衛は少年に突き飛ばされていた。 兵衛はすぐさま太刀を抜き、臨戦態勢に入った。 少年もゆっくりと腰の太刀を抜いた。 兵衛はジリジリと間合いを詰めてゆく。 ヒュンと音がして、ガチッと太刀が触れあった。 兵衛が振り下ろしたのを、少年が止めたのだ。 だが、戦いは兵衛ペースで進んでゆく。 少年はただ受け身をとるのだけで、精一杯だ。 二

巴の龍(ともえのりゅう)#12&閑話休題・人物関係図

「それは、わたくしの・・・。お返しくださいませ。 母の形見にございます」 「母の形見・・・」 丈之介は その鍔(つば・刀の鍔)をしげしげと見つめた。 「この鍔は わしが作ったものだ」 少女が驚きの目を向けた。 丈之介は 鍔を見つめたまま 少女に問う。 「母の・・・名は?」 少女は うつむいた。 「言えぬか。では、もうひとつ。わしは菊葉(きくは)殿を着替えさせた。 これがどうゆうことか わかるな」 丈之介が顔を上げた。 「事情を聞くには、やはりこちらも名

巴の龍(ともえのりゅう)#13

新城(しんじょう)の城の天守閣でイライラと動きまわる男がいた。 いかにも殺気立ち、憎しみを爆発させんばかりに、 悔しさが充満する空気が、今の男を象徴している。 バタバタと走る音がして、階段を登って来た者がいる。 「定継様、見つかりました」 男・三つ口定継(みつくち さだつぐ)はピタリと足を止めた。 「菊葉(きくは)か?間違いないか?」 登って来た家来は 深くうなずいた。 「そうか、やっと見つかったか。 おのれ菊葉め、娘と思い育ててやった恩を仇で返しおって。

巴の龍(ともえのりゅう)#14

最初に着替えさせた時から 気づいていたことだ。 しかし、菊葉(きくは)のふところから、 桔梗(ききょう)に作ってやった鍔(つば・刀の鍔)を 見つけた時、事情がわかるまで、大悟(だいご)には話すまい、と決めていた。 「生まれた時に男では殺されると思い、母が偽ったのです。 十三年間、女として育てられました。 しかし、母はこれ以上 城にいれば 必ず男とばれる時が来る。 その前に ひそかに わたしを逃がしたのです。 その鍔は もし身内の誰かに生きてめぐり逢えた時のため

巴の龍(ともえのりゅう)#15

「おやじ、雁崖小僧(がんぎこぞう)の群れに 囲まれている」 おびただしいほどの大量の雁崖小僧。 彼らは樹林川(じゅりんがわ)を住みかとする妖怪で、 体中がウロコでおおわれて頭に皿がある河童の仲間だ。 だが 普段は人と交わることなく  静かに暮らしている。 「大悟(だいご)、火のまわりが早い。出るしかない!」 丈之介(じょうのすけ)が叫ぶのと ほぼ同時に 大悟と菊葉(きくは)をともなった丈之介は、 外に飛び出した。 時 同じくしていっせいに雁崖小僧が飛びかか

巴の龍(ともえのりゅう)#16

大悟(だいご)らが あっけにとられていると、 「大丈夫、太刀の腕は俺より上かもしれん」 兵衛(ひょうえ)が そう言った時、頭の上に 雁崖小僧(がんぎこぞう)が飛びあがって襲ってきた。 しかし、兵衛に届く間もなく、大悟の矢が妖怪を貫いた。 「ほう、やるじゃないか。太刀より弓が お得意かい?」 と言いながら、兵衛は大悟の背後に迫ってきた 雁崖小僧を斬って捨てた。 「おあいこ」 また 兵衛が笑った。 「ふはははは・・・」 奮戦している兵衛らの頭上に、宙に浮いて

巴の龍(ともえのりゅう)#17

「桔梗(ききょう)・・・」 丈之介(じょうのすけ)は、桔梗が体験した 三つ首の龍の話を思い出した。 その龍が、おのが体をそれぞれ伸ばし絡み合って 輪のようになった時、その光を浴びて あれほどの数の雁崖小僧がちりぢりに吹っ飛んだ。 「三つ巴の龍(みつどもえのりゅう)?」 葵がつぶやいた。 すると兵衛のふところから刀の柄(つか)が、 大悟の腰から太刀が、 菊葉のふところから鍔(つば)が、 それぞれ飛び出し、 三つ巴の龍の輪の中に入った。 そして、大悟の太

巴の龍(ともえのりゅう)#18

「菊葉(きくは)太刀を抜くのだ!」 丈之介(じょうのすけ)が叫んだ。 菊葉が言われるままに太刀を抜くと、 まばゆいばかりに輝く太刀が 菊葉を導くように黒龍に向かってゆく。 菊葉は飛びあがって、 黒龍の頭から斬りつけた。 グザリと入った切っ先は 龍の全身にズブリと入り、 それは尾の先まで真っ二つに切り裂いた。 黒龍の宙に浮いていた身体が、 グラリと揺れて回転するようにして落ちてきた。 菊葉は 口から泡を吹いている黒龍に近づいた。 「母上は・・・母上は、