虚構に対してどれほど真剣に向き合っているかの一端を知れる本【これから「正義」の話をしよう】本紹介.5


この記事で紹介する本

  • タイトル:これから「正義」の話をしよう

  • 初版発行:2011年11月25日

  • 著者(監修者):マイケル・サンデル

  • 発行所:早川書房


【これから「正義」の話をしよう】の概略


本のタイトルから分かるようにこの本は正義について論じたもの。

国、この場合は著者であるマイケル・サンデルさんの母国、
アメリカにおける政治上の出来事や様々なエピソードを元に、
人は、社会はどのような方向に進んでいくべきかについて。

方向性を示そうと試みるものでこの本では主に、
3つの主張を軸にして論を展開していく。

  1. 正義は効用や福祉を最大化するもの(功利主義)

  2. 正義は選択の自由の尊重(リバタリアン・リベラル的平等主義)

  3. 正義には美徳を涵養することと共通善について論理的に考えることを含む

功利主義はジェレミー・ベンサムの提唱した考え方であり、
正義とされる行動はそれによって全体の効能が最大化する。

例えばある人が不幸になってもその他全員が幸せになる選択なら、
それは正義であり推奨されるべき考え方であると功利主義では考えます。

逆にある人が1つの選択をすることで別の大勢が不幸になるのなら、
それは悪でありしてはならない選択だったと考える。

起こった何かにより得られるものがそれによって失われるものより、
常に上回ることで全体の幸福、より良い状態へと向かっていく。

故に正義の根拠は功利主義によって定められるべきだというのが1つめ。

次に選択の自由、全ての人間はあらゆるものを選択する自由があり、
その権利は誰であれ犯してはならないし犯せるものではないという主張。

自由至上主義者とでも呼べる主張を支持する人をリバタリアンと呼び、
リバタリアンから言えば先の功利主義は時に選択の自由を犯すため、
許容できないものであると考えます。

その根拠を補強するものとして人間とはすべからく尊敬される存在、
平等に尊重される権利を持つと考えたイマヌエル・カントの論に加え、
平等とは何かについて論を深めたジョン・ロールズの考えを取り上げる。

そうして人間は皆、平等に尊重される権利を持つ存在であり、
その自由を保証することが正義であるというのが2つめ。

そして最後に著者であるマイケル・サンデルさん自身が正義と考える、
正確には明確な答えは出せていないと本書の中でお話されていますが、
正義につながる何かを見出すものである主張。

正義には美徳、ある社会の中で、そして最終的には全世界において、
美しく守るべき徳である基準を涵養、つまりは論じ育んでいくことで、
何らかの明確な基準(共通善)を含むという考え方です。

この考え方からすると功利主義は幸福の基準が曖昧な点において未成熟。

自由主義は個々人が各々で正義を定めるため時に衝突し、
どうしても抑圧が生まれるため不完全であることになる。

故に、明確な答えが出るまで常に美徳や共通善について論じ考え続け、
その時々において最善となる基準を模索していくことが大事とする。

以上、3つの主張を様々なエピソードや哲学者等の考え方を紐解きながら、
正義とは、目指すべき方向性とは何かについて論じている本です。

【これから「正義」の話をしよう】から学んだこと


正直、この本は何も特別なことを言っているわけではない。

ようは、正義とは今だ答えの定まらない曖昧な概念である。

概略でもお話しましたが著者であるマイケル・サンデルさん自身も、
今だ正義の基準について明確な答えを出せたわけではなく、
だからこそ考え続けなければならない。

安易に1つの答えに固執し無自覚に不幸や抑圧を許してはならない、
端的にまとめればそういう主張を延々と続けている本です。

この本で誰もが学ぶべきだと思うのはこの端的な主張をするために、
いくつものエピソードや哲学者等の考え方や論を引用しながら、
その是非や論理のあらを丁寧に指摘し続ける。

そうして自らの主張に説得力をもたせようとするその姿勢です。

そもそも正義、つまりは人や社会、世界が団結して進むべき方向性とは、
少なくとも今だ全員が納得できる答えが出ていない現時点においては、
ある個人ないしは勢力が都合良く物事を進めるための虚構に過ぎない。

人間社会はある権力者が虚構、例えば神話や神といった概念を用いて、
人々を団結させ1つの方向性へと導くことによって発展してきた。

これについては前に詳しく書いた記事があるので、
興味があれば読んでみてください。

現代であればリバタリアンによる個人の自由の尊重が支配的。

自由であるとすれば成功した者はその要因が例えば生まれの良さのような、
環境的な要因、つまりは運が良かっただけだとしてもその成功は、
自分自身の選択や能力の結果であると正当化できる。

加えて運によって抑圧される者に対してはそれは自己責任であり、
自分自身が悪いのだから諦めろと無自覚的に強制できます。

自由主義は少なからずそのような使い方をされている、
成功者の自尊心を満たし富を守るものとして、
失敗者の反逆の意志を挫き抑圧搾取される身分に収まるように。

ようは自由主義という虚構を用いることが自分たちに都合が良いから、
あの手この手でそれこそが正義だという価値観を世界に植え付けるのです。

これは現代に限った話ではなく過去の歴史を見ても顕著だった。

宗教、神の名を利用して私腹を肥やすような人間もいれば、
身分や血統を利用して支配するような人間もいた。

人間の争いとは思想、虚構の押し付け合いである、
自らに都合が良い虚構を敷けたものがその後、
都合よく現状を動かす権利を得るものである。

故に、特に西洋は国や民族、宗教同士の長い争いの歴史から、
そういう虚構の力を理解しどのようなロジックを用いて、
自らに都合が良い虚構を信じ込ませるかについての知見に富んでいます。

逆に日本は全体的にこの手の話題にとことん弱い。

1つは島国という地形的に恵まれていた環境のおかげで外敵、
武力的にもまったく別の思想(虚構)からも侵略を受けることが少なく、
独自の思想体系をゆっくり育むことが可能だったため。

思想の違う者同士の争いという分野に精通していなかった、
それは2600~700年という現存する最古の歴史を持つ国でありながら、
黒船来航によって世界の一国として明確に組み込まれてからわずか100年。

第二次世界大戦において手痛い敗北を喫したことからも明らかです。

それ以降も建前上はともかく事実上アメリカの属国としてあり、
上からの意向に振り回され自ら思想を育むという意識を持てず、
現代において国としての方向性を完全に見失い凋落の一途を辿っています。

ようは、日本は他国の虚構に完全に振り回されている、
そしてその一因は間違いなく虚構の力を軽視していること、
その扱いに慣れてないからだと考えてます。

ですからこの本から誰であれ学ぶべきことがある、
虚構を押し付けるために特に思想戦の激しかった西洋諸国が、
どのようなロジックを用いてそれを成そうとするのか。

その一端を垣間見ることで少しでも抵抗力を上げる方法、
他の虚構に振り回されず自らの虚構を確固たるものにし、
自分の道を進んでいく方法を学ぶべきだと思うのです。

ネットの発達によって世界中が思想的には完全に繋がっている、
AIの発達によってそれっぽいロジックはそれこそ一瞬で生まれる。

そのような環境にあって自身を自身で確立すること、
それが大事だと少しでも思っているのであれば、
この本は学び深いものになると思いますよ。

まだ読んだことがないならぜひ一読してみてください。


では、今回はここまでです。
ありがとうございました。

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