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【恋愛小説】私のために綴る物語(29)

第五章 一期一会と二律背反(9) 

 なかなか槇村は、多香子に触れようとはしてこなかった。さっきのキスで身体は熱をもち始めていたし、立ちながら受け入れた時点でかなり感じていた。
 熱をもった身体はより刺激を求めている。多香子は高まる欲望を鎮めるためにため息をついた。

 しかし、それは声も伴っていた。晴久はすかさず多香子に命令をしていた。

「声を出すなといったはずだ」
 枕元に来た槇村は、口に簡易な猿轡のようなものをつけた。
「しばらくキスもお預けだな」

 笑って言っているのがわかって、多香子は嫌だと言うかわりに首を振った。

「嫌なのか。今日は多香子の嫌な事ばかりをするかな」
 なかなか触れようとしないことにも、イライラし始めて、身体を動かしてしまった。
「多香子、そうやって動くなら、縄をかけてあげようか、どうせなら後ろ手に縛り上げる」

 槇村はこの状態を愉しんでいる。見て犯す、視姦なのかと思い当たると、多香子は動くのを止めた。その視線を受け止めてやると、深呼吸をした。

「なんだ。もう止めか。感がいいのも面白くないな」
 多香子の後ろに回って、背中から抱き寄せた。

 首筋にキスをすると、胸に手を回して揉みしだいていた。そして指先で胸のラインをたどると頂点の蕾を指で弾いた。その瞬間多香子から「うっ」という声が聞こえた。
 それには気にせず、胸を舐めて様子を見た。膨らみに沿って舌を添わせて、噛むと体は弓形になった。手を腹の下の茂みに入れて撫でると、多香子の体の高まりがはっきりわかった。

 槇村が首筋にキスをすると、多香子の後ろから離れていくのがわかった。また体に残り火が溜まっていくようだった。

 焦らされて、高まる体の熱にどうしたらいいかわからなくなった。

 切なさが多香子に声を上げさせていたが、猿轡に邪魔をされた。

 今度は槇村が、前に座ったのがわかった。腰に足を回して支えられていた。いつの間にか手は自由になっていたが、今度は後ろ手に縛られた。
 猿ぐつわも外され、かわりに槇村の口が塞いでいた。そのまま首筋を辿って胸へといってほしいと身体を反らせた。
 すると唇は離れていき、今度は太ももに唇が触れた、多香子はより敏感なところに触れて欲しいと願った。手が触れたような感じがしたが、撫でられるだけで差し込まれることはなかった。
 やっと胸に手が当てられ、優しく揉まれると多香子の官能は高まっていた。
「あぁ」
 上がった声は、塞がれて閉ざされた。槇村は多香子の身体を弄び、達する直前で止めていることは明らかだった。体の奥底に溜まった熱に浮かされて、心も身体も破裂しそうだった。

 横にされて、おきざりにされ、多香子は一人になった。

 このまま放置されると、朝早くには電車に乗って前橋に向かう事になる。この熱を放たなければ、電車の振動で達してしまうかもしれないと、多香子は不安になった。槇村が放置するなら、自分で慰めようと思った。

「晴久、起きて。目隠しと、縛ったものを解いて。トイレに行きたい」
「ここでする? カテーテルでも出すことはできるよ。僕は医者だし」

 笑いながら言ったその男は、情事の最中のプレイの一つというつもりだったのかもしれない。でも、多香子は欲求不満の塊になっていた。その笑い方すら気に入らなかった。

「絶対に嫌。そんなことしたくない。そんな恥ずかしいことを見られた相手とは二度と会いたくなくなる。もう、二度とあなたの顔なんて見ない、見たくもない。それでもいいなら……」
 怒りをあらわにした声に、男は近づいてきて、抱きしめた。
「冗談だ。カテーテルも受ける容器もないし、僕には飲む趣味もない。すぐにほどくから」

 手と足が解き放たれて、やっと目が開くと、槇村の顔が近づいた。それを手で抑えて、多香子は立ち上がりベッドを後にした。

 トイレに入り、鍵を締めて、用を足した。ビデを使い洗おうとすると、その水すら快感を伴うくらい敏感になっていた。これならと思い指を当ててみるが、うまく刺激をすることができなかった。それにあまり時間を掛けることもできず、水を流して外に出た。

「随分時間がかかったな」
 眼の前に立っていた槇村は、見下ろしながら冷たく声をかけた。
「だって、これだけ触れられているとなんか変なの」
「多香子、自分でしようとしただろう」
「そんな事……」

 できなかったとは何がなんでもいいたくなかった。それよりも欲求が満たされないことで、心の沸点が下がっていることにも気が付かなかった。

「このまま朝が来たら、すぐに出かけるんだけど。電車の振動で達してしまうかもしれないし、誰かに手が当たってもいってしまうかもしれない。痴漢にあったらどうなるか。それよりも、スタジアムであの人にあったら、トイレでもいいから抱いて欲しくなるかもしれない」
 多香子の頭にひらめいたことがあった。
「あっそうだ。よりを戻すいいきっかけになるかな。そう、我慢するのも良かったかも。あなたに怒るのも筋違いだったか。こんなにいい機会をもらえるなんて。もう会わなくなるのも残念ね」
 多香子は睨みつけていた。口から感情のまま出てくる言葉を止められなかった。

あの男元カレに抱かれるって。もう会わない、のか」
 今までの言葉とは違った重みを持って、晴久にはよりリアルに感じられた。この女には、自分とは別に、愛する男がいる。


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