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【恋愛小説】私のために綴る物語(30)

第五章 一期一会と二律背反(10)

「そうでしょう。今でも愛していると言える人とよりを戻すのだし。他の男となんてできるわけない。冒険も終わりにしなきゃ」
「冒険‥‥」
 そんなに軽い存在にされてたまるか。晴久は胸が焼けるような思いを抑えられなかった。
「知らなかった世界に触れられたから。火遊びともいうけど」
 晴久は、そんな気安い言葉を言う眼の前の女を睨んだ。
「火遊びなんて、言うな」そうつぶやくと感情のタガがはずれたのか、もう反射的に多香子に向かって動いていた。

 そのままベッドに押し倒されると、多香子はなされるままに受け入れ、崩れ落ちていた。男も欲望のまま腰を動かしていると、達しようとする多香子の中での締め付けに果てた。多香子も男のものが体の中で出されるのを感じていたが、嫌だと声を上げられなかった。

「ごめん。ゴムを付けていない上」
 約束を破ったことに慌てていた男に、さっきまでの自信家の姿はなかった。その姿に可愛らしさを感じてしまった以上、受け止めようと思った。
「緊急避妊薬を処方しようか」
「薬の副作用を考えると、ピルをきちんと飲んでいるから、大丈夫。それに、そんなに簡単に手に入れられるものじゃないし」
 そして男を胸に抱き寄せて、抱きしめていた。

 それよりも、この3日前にも他の男としている。これは流石に多香子は飲み込んでいた。明日は史之とは会わないようにするしかないのか。でも、どこかで期待している自分もいた。多香子はそこであっと気がついた。

 この男、槇村晴久は嫉妬していたのか。それを掻き立てることを、言ってしまったのだから自業自得だ。
 嫉妬されるのだから、自分に気持ちがあるのは確かなのだろう。そう思うと史之へとは少し違う思いが、自分にもあるのを感じていた。この体を愛されることへの満足のようなもの。

「本当は離れたくないんだけど、そんなに心配そうにされると、気休めでも」
 風呂場に抱っこされて行くと、二人で洗い合って泡だらけになって、笑いあった。
「冒険って、一人じゃできないと思わない? 信頼する人とバディを組まないと」
 多香子は笑って、晴久にキスをした。
「一方的に私が怒っている気がするけど、喧嘩ができるのも信頼があるからじゃないかな」

 多香子の言葉に晴久は言葉を返さなかった。逆上してしまった感情はこの女に対する執着でしかない。信頼なんてきれいな言葉で表せるものとは違う。
「さぁ洗い流して、出よう」
 多香子は姿見の前で立ち止まっていた。少しの間考えていて、スマホを持って戻ってきた。

「晴久、ここでまた私にして欲しいんだけど」
「立ったまま?」
「そう」
「今度はきちんとする」
「うれしい」

 壁に立った多香子の中に晴久が男のものを入れてきた。ゆっくりと動かされるのがわかり、体の中はまだまだマグマのように熱を持っていた。その熱が駆け巡るまで時間はかからなかった。

 すぐに吐息が漏れると、口が塞がれた。キスは一層体に刺激を運んでいて、こらえきれなくなるまでそう時間はかからないはずだった。急いでスマホを構えると晴久も気がついた。

「自撮りをするのか」
「鏡だけど。愛欲の罠に落ちた女の顔を撮るの。晴久は映らないようにするから大丈夫」
「だったらこうするから、しっかり構えろ」

 胸の谷間を舐めつつ、腰を突き上げてきた。あぁと声を上げながらどうにか写真を取った。目を閉じないようにするのが精一杯で、これが女性としての自分の顔だと確認すると、スマホを置いて身を任せていた。
 後は敏感なところを弄られるだけで、立っていられなくなった。しがみついて離れなくなった多香子をそのままの姿で、ベッドに運び横たえさせていた。

「まったく、お姫様は気分屋で困る」
 晴久の目が愛おしいというようになっていた。多香子はその目に胸が痛くなっていた。
「ご主人さまは、寂しん坊で困ります。私は貴方様を振り回しておりますでしょうか」
「お姫様のお陰で、僕のメンタルはずたずただ。精神科医としての自信もなくなった。これからの身の上を考えなくては」
「そんな、本当に。えーどうしたら」
 こんなことを言う人だったのか、多香子はこころが処理不能になりかけていた。
「簡単だ、僕のそばにいてくれればいい」
「えっ」

 真面目な顔になった多香子は、晴久の目を見ていった。

「それは約束できないって。私には忘れられない人がいる。今はまだ、愛していると言えるのはあなたではない。ただ、あなたを必要としている。体の相性というのか愛欲というのかわからないけれど、女としての何かが、あなたを必要としているのは確かなの」

 そこまで言うと、腹這いのまま枕を抱きしめて、身体の中からこみ上げる声を殺していた。体はあなたを必要としている。それを頭がどう処理して良いのかわからなくて、混乱していた。眠気も襲ってきて、時々意識が遠のいていく。

「多香子、君は正直に物を言う。昨夜に比べれば僕は出世したのかもしれないな。でも……」

 隣りにいるこの女が晴久には遠く感じた。

 京都の夜、一目惚れをしたことで、こんなに激しい衝動と戦っていることを認めさせたい。好きな女を独占したい、この気持ちを抑えられるのか。
 規則正しく背中が動くさまを眺めて、女が安らかに眠りに入っていることがわかった。


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