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【恋愛小説】私のために綴る物語(26)

第五章 一期一会と二律背反(6)

「さぁ、服を着て、出かける支度を。ブランチを食べたら、何件か回ってもらう」
 槇村は気分を切り替えるように、風呂から出て多香子に声をかけた。

 多香子は、無粋と言われたのと同じ種類の下着をつけて、野暮ったいと言われたワンピースを着て、肌の色を整え眉毛を書くと、気合を入れてたった。そこには、相変わらず涼しい表情で紺のチノパン、少しオーバーサイズの白いシャツ、ブルーのジャケットという隙きのない槇村が立っていた。

 ピークを過ぎたカフェテリアは流石に空席が目立っていた。カウンターに着き、ホールの人に槇村が部屋番号をいうとすぐに席に案内された。

 こちらへどうぞと声がかかり、椅子が引かれるとゆっくり座り、ありがとうございますと言った多香子を見ていた。コーヒーか紅茶をご用意いたします、と担当者が言うと、「私は紅茶を」といった多香子が槇村の方を見たのに気がつき「僕はコーヒーで」と付け加えていた。

 コーヒーと紅茶はテーブルにご用意いたします。ではごゆっくりなさってくださいと言った担当者にニコっと笑って多香子はありがとうございますと答えていた。
 槇村は笑いかけるだけなく、「晴久さんは?」と言ってくれれば完璧だったと、多香子を見つめていた。多香子はその視線に気がついていたが、あえてビュッフェコーナーを見ていた。

「さて、イギリス人にならなくちゃ。食事取りに行ってくる」

 多香子はちょっとした気合を入れて、席を立った。

 サラダにパン、飲茶として、蒸し餃子やシュウマイ温野菜もあって沢山の種類を食べたいところ目移りしそうで楽しかった。おまけにライブキッチンもあって、焼きたての目玉焼きもゲットできた。オレンジの生搾りジュースが、流石外資系ホテルのビュッフェという感じだった。

 席に戻るとトレーにパンとサラダ、飲み物とフルーツを目の前において、槇村は座っていた。多香子のトレーを見て思わず笑った。

「君はやっぱり食いしん坊だ。京都の夜の食べっぷりは普通だったんだな」
「この時間にこれだけ食べておけば、ランチを気にしないで済むし。出かけるならいいかなって。ちょっと、笑わないでよ」
「それでイギリス人か。確かに、朝食をしっかりおかず込みで食べるのはイギリスだな。でも、ここは東京だ。多香子、いつでも、何でも、食べられる」

 槇村は多香子の目を見ながら言うと、笑い転げていた。あまりに楽しそうに笑うので、多香子は膨れてすねてみせた。

「ちょっとずつ、色々食べたいの。笑われること? もう、よかったら、好きなもの取って」
 多香子はふてくされて、ぷーっと頬を膨らませていた。槇村はそんな子供っぽい多香子を見て、新鮮な驚きを持っていた。こんなに時々によってイメージの違う面が見られるのは、一緒にいて飽きないひとだと思った。
「それでは、遠慮なく」
 目玉焼きを半分に切ると、バターの塗られたトーストの上に乗せていた。ケチャップを少しかけると満足そうに頬張っていた。
「あぁ、ずるい。おんなじこと考えていたとは。シェアして同じもの食べるのもいいね。ってことにしておこう」
 多香子が機嫌よく笑っていた。

 そして多香子も、トーストに目玉焼きを乗せて食べていた。トレーのものを結局食べきって、食後の珈琲も飲み終えると。席を立った。
 目のあったホールの係員にごちそうさまでしたと声をかけて、カフェテリアを後にして、車に乗り込み、最初の目的地についた。

 歴史の有りそうなビルの3階に行き、特に看板も出ていない店に、入っていった。慣れた風に入っていく槇村に、多香子はドキドキしながらついていった。ここは一体どういう店なんだろうう、多香子は好奇心であふれそうになっていた。

「予約をしていた、槇村です」
「槇村さま、いらっしゃいませ。こちらの女性が……」
 黒のタイトなスーツを身に着けた女性がすっと近づいて挨拶をした。きれいな仕立ての服で、丁寧な仕草のその店員に見とれて、多香子は緊張していた。
「そうです。ガーターベルトも併せて3セットを見繕ってください。素材はシルクで。あ、家で簡単に洗えるものならもっと良いのですが」
「わかりました。お任せください」
「それでは奥様、着ているものをお脱ぎください」

 多香子は恥ずかしがっても仕方がないので、思い切って全て脱いだ。槇村は近づいてきて、こっそりささやいた。

「こういう店の人を、恥ずかしがる対象としないのも、女性としての身だしなみだ」
「わかりました。私だって一応ランジェリーショップで買ったことあるんです」
 ぷっと多香子は膨れていた。
「それは良かった」
 晴久は目を細めていった。多香子は、一応、自分の価値をわかっているのかと思った。反面で多香子の方は、少しイラッとしていた。槇村はふっと笑ってその頬にキスをした。

 色のついていない女を、自分好みの女に仕立てるのを 愉しむ。というのもあるのだと、槇村は多香子を見て実感していた。

 ワンピースや下着をぬいだあと、バストやアンダーバスト・ウエスト・ヒップと測られた。肌に色見本を当てられて、何種類かの試着用のものをつけされられた。

「僕の好みでいうと、バストラインをきれいに出せるようにしてください」
「いかがでしょう。見違えますね。ビスチェとかコルセットもいかがでしょう」
「ほう、たしかに。これはきれいだ。試しにこれを着せてもらえませんか」
 そう言って、昨夜のドレスを着させられた。
「バストラインがこれでもきれいに出るもんだ。このラインでお願いします」
 多香子はブラジャーで作られた、胸の谷間を見ていた。確かに、胸が持ち上がって、胸の谷間がしっかりとわかる。正しい着け方も教えてもらった。新たな自分を見つけた気がした。

 一度ドレスを脱ぐと、コルセットをつけてみた。
「うん、なんか人工的なラインかな」
 槇村は少し不満げだった。
「やっぱりコルセットはなしで。それで、一着は着て帰りたいのですが大丈夫ですか」
「はい、それは大丈夫でございます」

 見立てられた物のうち、ワンピースの緑に合う薄いブルーのブラジャーのセットとガーターベルトとストッキング姿で、多香子は立っていた。

「きれいだ。このままにしておきたいが、わいせつ物陳列以外の何物でもない。ワンピースを着なさい」

 胸元を撫でられ、ゾクッとしていた。しかもお店の人に見せつけるように。ブラジャーの中に手を突っ込まれなくてよかった。そんなことをされたら声が漏れる。冷たい槇村は要注意だ。

 多香子が服を着ている間に、槇村は支払いを済ませていた。

 外に出たところで、ふたりでウインドウを覗き込んでいた。
「多香子、ウインドウに映った自分を見ろ。下着を変えただけでも変わっただろう」
 これにはうなずくしかなかった。
「すれ違う男どもも、君のバストラインを見てるぞ」
「えっ。なんてことを」
 恥ずかしさで顔が火照ってきた。
「こんな事で赤くなるとはね。淫らな体を持っているくせに」
「そんな事。言わないで、ほしいんですけど」
「本当の事だ」
 晴久は意外と初な多香子を、新鮮な存在に見て取っていた。


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