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【恋愛小説】私のために綴る物語(27)

第五章 一期一会と二律背反(7)

 そして晴久は多香子をいざなって、次の目的地の銀座のデパートの外商部に入っていった。
「お願いしていた。槇村です。実は少し予定を変えたいのですが。この女性にあう化粧品と、パーティドレス、和装一式、夏の単と訪問着、浴衣をお願いしたい」
「承りました。それでしたら、骨格診断とカラー診断を併せていたしましょう」
「よろしくおねがいします」
「旦那さまはこちらでごゆっくりなさってください」
 またこちらの店員も、そつなく槇村の要望に答えていった。
「これから入用なものを、専門店で揃えるのも良いのでしょうが、こちらなら、トータルで揃えられて、融通も効くと思いまして」
「ありがとうございます。今後はメールやウェブでのやり取りで承ります。今後ともよろしくおねがいします」
 そのやり取りを聞いて、多香子は違和感を覚えていた。

 これでは囲われ者だ。この男の経済状況との差を考えると、この違和感は仕方ないのか。しかも着物までとなると、どんなに安くてもと頭が痛くなっていた。
 でも、ここでそれを言ってはいけない気がした。槇村を下げることはしたくなかった。多香子はとりあえず、心の底にこの気持ちを押し込むことにした。

 ドレスが持ち込まれ、試着して決まると、美容部員が来て、メイクの仕方の説明や眉毛を整えて、化粧品をおいて行った。
 入れ替わるように和装部門の人達が来て、反物を次々と合わせ、帯も用意されて、年齢を確認されるとこちらもまもなく決定していた。
 そして、着てきたワンピースを身につけると、ここでの買い物は終了となった。
「それでは、化粧品はお持ち帰りください。それ以外のものは着物が仕立てられ次第お持ちいたします」
「よろしくおねがいします」
 という槇村とともに挨拶をした。
 店内に戻って、少しウインドウショッピングをすると店を後にした。ひさびさのデパートは見て回るだけで楽しかった。ただし、素敵なものがあっても、欲しいと思っていることを知られないように、努めて冷静にしていた。特にハイブランドの服は興味ないという風にしていた。
 次にすぐ近くのファストファッションブランドで、槇村個人のものと、多香子が明日着るシャツとボトムスを買って、今日の目的は終了となった。

「寿司でも食べて戻ろう」
 えっという顔をした多香子に笑っていた。
「ここだよ。混んでいなくてよかった。食べ放題だから心配しなくていい」
 一人4000円の食べ放題と書いてあった。その値段に多香子はホッとしていた。少し待つと、店内に案内された。

 壁にはられた品書きを見て、多香子は色々考えていた。
「旬のものとマグロの中トロと青魚、穴子も付けてと。アワビもいいかなぁ」
 注文表を書いて、渡していた。
「なるほどね。うにとかいくらはいいんだ。本当に食いしん坊なのがよく分かる。僕の分も付け足すよ」
 書き足したものを店員に渡していた。それを見て、多香子は改めて槇村に話をしようとした。

「ハルじゃなくて、晴久さん。この下着はいいです。ただ、あんなに高価なものを買ってもらうわけにはいきません。ショーを見たりするのなら、今あるものでも十分では」
「元妻は着物は置いていかなかった。だいたい、君よりずっと若くて離婚したんだ。それにメンバーのジジイどもは結構うるさいんだよ。そういう場にも君を連れていきたい。着物の君は艶っぽかったしな。それとも、もう僕が嫌になったのか」
 晴久は感情の消えた顔で、多香子を見つめていた。さっきまでの楽しそうな気配は消えていて、冷静な声で続けていた。
「今晩で、最後にしたいのなら、はっきり言ってくれ」

 多香子はその言葉と表情に胸が痛くなっていた。押し込んでいた違和感もその痛みに負けてしまった。

「そんな事ないです。気を悪くしたのなら、ごめんなさい」
「だったら、僕のことを晴久と呼ぶんだ。いいね」
「わかった。晴久」
「多香子、うれしいよ」

 多香子はあっと思った。呼び方を変えることで距離が一層近づいた。ただしこうやって、徐々にに丸め込まれるのも面白くない。
 あまり近づきすぎるのは良くないと思うのだ。最低限の距離というか防衛線を何処に置くべきなのだろうか。

「あ、お寿司が来た。きれい」
「こういうところは一人じゃ来られないから」
「でも、私は恋人でもない存在ですよ」
 多香子は思い切って、言ってみた。
「こうやって、君と食事をして、話をすることが楽しいと思いだせたんだ」
 はっとして、多香子は晴久を見た。晴久はすこしうつむいて寿司を睨みつけていた。
「クリニックのスタッフさんとお手伝いさんとばかりだったということ」
「たしかに看護師や臨床心理士とは昼食を一緒に取るけど、夜はそうも行かないだろう」
「結局は家族ってこと」
 思ったよりも寂しい人なのかもしれない。家族とうまくいっていないとか。自分だってそうだ。母親から距離を取ることで、安定しようとしている。

「すまない、君は家族になり得ないのに」
「わかってくれたらいいです。もう少しで、終わりにしたいといいそうになった」
「長く続く関係じゃないんだな」
 晴久のため息混じりの言葉を受けて、はっきりということにした。
「女の自分から言うのも、ですが。からだの関係ってそういうものではないですか。でも、ここで終わりにしたいとは思っていないんです。ただの行きずりの関係にしたくない私のわがままです。私にもあなたにも時間があったほうがいいと」

 そうこれは恋でも愛でもない。
 人の肌のぬくもりが欲しかっただけのこと。
 割り切っておくのが良いはず。

「傷をなめあって、繭の中にこもるということか」
「繭なんてきれいなものではないけど」
「多香子を抱きたい」
「晴久に女として愛でられたい」
 二人は軽くキスをして、また寿司をつまみだした。
「食欲と性欲の関係は? 相関するのかな」
 あっけらかんとした口調で雰囲気を変えようと、言い出してみた。
「だいたいは正比例するのではなかったかな」
「そうですねぇ。私なんて食いしん坊だし」


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