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【恋愛小説】私のために綴る物語(28)

第五章 一期一会と二律背反(8)

 笑っている多香子には、槇村は沈黙で答えていた。
 
「そうだ、君の食欲に負ける訳にはいかないな」
 重い口をようやく開いていた。

 多香子の笑みは、晴久の中の何かを動かすものだった。それを認めるよりも、この女をねじ伏せて自分のものにできたらという欲望に従うことにした。
「しっかり食べてよ」
「そうだな」
「それと、ここの支払いは私にさせて」

 急に多香子が真面目な顔になっていた。多香子はここなら自分で支払うべきだと思った。そうでないと、いろいろなもので自分の体が締め付けられて、この男の言うことを聞かなくてはならなくなる。そんな気持ちでは、この関係は駄目になると思った。
「僕が誘ったのだし、僕のほうが……」
「ここまで、ずっとだから。気持ちの問題。対等とは行かなくても、一方的なのは嫌なの」
 晴久は多香子の仕事を思い出していた。多分、今までずっと男により掛かるなんてしてこなかったのだろう。
「わかった。ここは多香子にごちそうになるよ。そうすると、もう一回は君に逢える。僕は君に奢られるわけには行かないからね」
 多香子は笑っていた。

 追加で、マグロなどを頼むと、もう二人ともお腹がいっぱいになっていた。
「それじゃ、ごちそうさまだ」
「うん、ごちそうさま。会計すましてくるね」

 対等なパートナーか、そういう関係なんて今までなかった。
 店の外で槇村は、多香子を待ちながら色々考えていた。明日は前橋に行くとか。きっとあの男元カレにも会うのかもしれない。

「お待たせしました」
 多香子は笑いながら槇村のもとに近づいた。

 多香子は、この人の隣に自分がいられることがうれしくなっていた。
 しかし昨夜の、愛さないと言ったことが重たかった。

「ホテルに帰りますよ」

 槇村が笑って言うと、多香子の心が震えていた。笑顔のためかもしれないし、ホテルでこの後繰り広げられることかもしれない。

 ホテルの部屋に戻ると、槇村は抱きしめてキスをしてきた。多香子も抱き締めていた。息ができないほど求めあった。

「一緒に風呂に入ろう。また僕が洗ってやる」
「自分でやるからいい。私が晴久をと思ったけど座らないと無理だし」
「まずは服を脱ぐんだ。君の下着姿を見ておきたい」
「そんな事いつだって……」
「じゃないだろう。僕には一期一会みたいなものだ」

 ワンピースを脱いだ多香子を、切なそうに見ている槇村の目が気になっていた。
 晴久は、そうして後ろに立つと首筋にキスをして、胸元を抱き締めていた。その手を多香子は優しく撫でた。

 晴久はブラジャーのホックを外していた。
 こぼれ出た胸の膨らみは、スリップの上からもはっきりわかった。

「多香子はもっと女であることを楽しんだらどうか。ユニセックスな機能的なものもいいが、こういう一見無駄に見えるレースやリボンが余裕をくれると思うんだ」
 白い肌にブルーの下着が妖しく光っていた。
「女を楽しめって言われても。世の中じゃ」
 『女でいること』を他の人に言われると苛立つのに、晴久に言われると女でいたいと思えるようになっていた。
「戦うことが多い」
「ベッドの上で十分。あなたがしてくれれば」
「あなたが……ね」
「晴久が欲しい。晴久が女に戻して」
「キスして」
「仰せのままに」
「普通の反応も新鮮かも」

 ふっと笑った槇村は、そのまま多香子を立たせて、入ってきた。うっと苦しそうな表情をしていると、キスで口を塞がれた。手は胸の膨らみをたどっていた。尖ってきた先を指で弾かれると、身体もはねた。

「やっぱり多香子の身体はいい。こんなに感じがいいとは」
「もう駄目、立っていられない、ベッドに」
 喘ぎながら槇村にしがみつこうとすると、その手を払われてしまった。「もう僕にさわるな。君は僕の言うことに従ってもらう。声を出すな。欲しがるんじゃない」

 槇村に突き上げられ、弄ばれて多香子の体は震えていた。
 すると途端にその男は離れてベッドに座ってしまった。

「シャワーを浴びて来なさい」
 言われるままにシャワーを浴びて出てくると、入れ替わりに槇村もシャワーを浴びた。その様子を見ながら多香子はタオルを巻いて、ベッドに腰を掛けた。

 この二晩目もひたすら抱き合うのか。
 それに明日は、史之も群馬に来るのだろうか。

 会ったときこの夜のことを知られずに済ませたいのか、塚嶺以外にも男がいるということを匂わせたいのか、よく分からなかった。
「君を縛り付けようと思ってる。わがままで欲張りだから」
 そう言うと、両手をヘッドボードに、両足はベッドの足にロープでくくりつけられてしまった。足は開かれたままということに不安があった。
「目隠しもする。いいね」

槇村は目隠しをすると、多香子の顔を自分の方に向けキスをすると舌を絡ませてきた。
 多香子も応じてお互いの口を貪りあった。これはプレイの始まりの儀式なのだと自覚していた。

 これからは声を上げること、感じる方に体を動かすこともできないのだ。


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