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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#135

24 維新の終わり(6)

 パーティの夜、武子は青い花を散りばめた、オーガンジーの生地を重ねたドレスをまとっていた。末子は可愛らしさをあわせて表現するかのような、桜色のドレスがとても似合っていた。二人をながめた馨は、満足だった。ドレスの美しさに負けない、武子の凛とした姿に見とれていた。
「馬車も来たことだし、行くかの」
 馨は、二人に声をかけた。馬車に乗る時に武子の手をとると、パリで買ったダイヤの指輪がきらめいた。優雅に動く手を一層華やかなものにして、宝石とは美しいものだと馨は思った。もっとも自身は、着慣れない燕尾服に蝶ネクタイ、なるべく早く楽になりたいと、始まる前から考えていた。
 レディ・ファースト、エスコート、心がけようとしてもなかなか体が動くものではない。粗相の無いよう心がけるので精一杯で、楽しめるようになるには時間がかかりそうだった。
 考えている間にも馬車は館の前に付き、馨は先に降りてまず末子の手を取り降ろして、武子の手を取りと忙しかった。両手に花というのも結構大変で、二人に合わせて歩くというのもなれていくしか無いのだろう。
 どうにか三人で会場に入ると、青木周蔵が出迎えてくれた。
「井上さん、お待ちしてました」
「お招きありがとうございます。こちらが妻の武子と娘の末子じゃ」
「武子さん、末子さん、ようこそベルリンへ。今宵は楽しんでください」
「ありがとうございます。まだこのような場は慣れなくて、末子のほうが色々うまくやってくれます」
「大丈夫ですよ。にっこりと笑っていただけたら、それで十分です」
「ずいぶん口のうまいことじゃ」
 馨と青木が笑い合っていた。それを見て末子も緊張が取れたのか、ほほえみを見せていた。
「さあこちらへ」と言う青木の動きに合わせて、一緒に歩いて行った。すると一つの家族の前で立ち止まった。
「井上さん、こちらが婚約者の両親です」
「私は井上馨といいます。こちらが妻の武子、そして娘の末子です。お目にかかれて光栄です」
 挨拶を受けると、「この青木くんは日本の外交になくてはならない人物になります。見守ってやってください」と、青木を褒めた。
 そうしている間に武子と末子もダンスの相手を求められ、踊ってきたらええと馨も勧めた。少しぎこちなさも見えるが、踊っている二人を眺めていた。
「大したものでございますなぁ」
 青木が武子と末子を褒めていた。
「わしもそう思っちょる。食事の時などわしがよう怒られる」
「一人で早く食べ終わるのは、ということですな」
「おぬしもか」
「一人のお膳でというのに慣れてますと」
「無駄口を叩くな、から会話を皆で楽しみながらだからの」
 馨は、ふと黙ってしまった。
「婚約者を紹介するの忘れとりました」
 青木が少し遠くを見ると、その目線に気がついた女性が近づいてきた。
「エリザベートです」
 膝を曲げて挨拶するエリザベートに、馨も挨拶をした。
「エリザベートさん、周蔵の友人の井上馨です。よろしくお願いします」
 馨は青木の顔をちらっと見て、お辞儀をしながら、続けて言った。
「よろしければ、ダンスを一曲」
 えっと言う感じの青木を置いて、馨はエリザベートの手を取って、広間のダンススペースに行った。曲はすぐに変わって、ワルツが流れた。リードを取るほどには行かないものの、とりあえずいちにっさんと足を動かし、どうにか一曲終えて、戻ってきた。
「井上さん、ダンスを踊れるのですか」
「とりあえずワルツぐらいじゃ。社交界に馴染めんと外交は無理じゃろ」
「それで、奥方とお嬢さんを連れてこられたのですね」
「そうじゃ。それにパリで見たオペラ座は凄かったの。あのようなものを日本でも作りたいの。東京を外交官に人気の街にせなならんと思うんじゃ」
「それはまた壮大なお話ですな」
「夢じゃ。しかし、越えにゃならん壁でもある」
 武子と末子も馨のダンスを見て、驚いたのか集まってきていた。
「ちょうどええな。わしらこの辺でお暇とするかの」
「あまりおもてなしもできませんで」
「また、公使館に顔でも出す」
 来たときと同じように馬車を出してもらい、ホテルまで送ってもらった。
「お末は疲れたようじゃの」
 末子は武子にもたれかかるように寝息を立てていた。
「それにしても貴方のワルツには驚きました」
「あれか。ワルツで良かった。わしはワルツしか踊れんのじゃ」
「まぁ。なんと運の強い」
 武子は笑っていた。馨も思わず苦笑いだった。

 翌日、馨は公使館の青木の元を訪ねた。なるべく日本の情勢を知っておきたかったし、話したいこともあった。
「井上さん、昨夜は。彼女も驚いていましたよ」
「そうじゃろ。わしも驚いたのだからの」
 馨はケラケラと笑っていた。
「クリスマスと言うんはキリストの誕生を祝う日だというの」
「そうですね。贈り物を交換したりもします。子どもたちにとっては、サンタクロースという聖人が、贈り物をしてくれるという、楽しい日だったりもします」
「サンタとか言うんのが贈り物を」
「そういう伝説があるんです。とは言っても今のサンタクロースは親ですがね」
「ほう。ええことを聞いたの。わしもサンタになろうかの」
「それは面白いですね。彼女に見繕ってもらいましょうか」
「それはありがたい。昨日のパーティでご令嬢方がもっとった、小さな手提げのバッグ、あんなのがええな」
「そう伝えます。明後日にはまたお越しください」
「そんなすぐにか」
「やらなくてはいけんのは24日の深夜です。もうすぐですよ」
「おうそうか。良い時に気がついたものじゃ」
「それじゃ長話も仕事のジャマじゃ。また来る」
「それでは明後日に」
 青木は手紙を出しそびれていた。今度はこのことを話さねばならない。

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