マガジンのカバー画像

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

89
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
運営しているクリエイター

2022年7月の記事一覧

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

19 予算紛議(9)

 馨には重大な変化も起こっていた。母婦佐子が亡くなった。父親の厳しさとは違い母親からは、ずいぶん甘やかされていた。金の無心は日常茶飯事だった。そんな母に悲しい思いをさせたのは、長州藩での内訌の中心にいたことだったろう。膾切りにされ死んで当然のところを、たまたま居合わせた外科手術のできる医者に救われた。そのときには兄に介錯を頼んだところ、母が身を呈したのだった。その後の座敷牢

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

19 予算紛議(10)

 佐伯に呼ばれた渋沢が馨の執務室にやってきた。
「おう、渋沢。母の喪中の間色々すまんかった。沢山の面倒をやらせてしもうた」
「それも私の仕事です。陸奥さんや芳川さんもおられますし、大丈夫です」
「それで、呼び出したことじゃが。暦を至急西洋の太陽暦に変える必要があると、思い至ったのじゃ」
「それは、忙しいことになります」
「いままでなんで気が付かんかったのかと思うのじゃが。

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

19 予算紛議 (11)

 陸軍は薩摩が大勢を占めていたことから、山縣はその進退が問題になっていた。馨は、西郷隆盛と大隈の力も借りて、山縣の処分が寛大になるよう調整をした。とりあえず軍籍はそのままに陸軍大輔の辞任で済ますことができた。
 このことで馨は、以来表立って山縣の支援は請けられず、太政官で孤立を深めることになった。
 誰も入れるなと怒鳴っては、自分の執務室にこもった。
 そして机の上に置

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#102

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#102

ライナーノート 100回記念 なぜ井上馨?

 さて、井上馨の大蔵省エピソードもそろそろ大詰め。そもそもなぜ、井上馨を調べることにハマったか。
 高校では日本史を選択し、明治時代まではたどり着けていたので、大久保利通にはそれなりの知識もあった。そこで本を読むと政策として殖産興業が出てくる。勧農分野では内藤新宿の農場が代表例と挙げられることが多いのだが、内務省設立前にできているとある。
 もう一つあ

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#103

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#103

20 辞職とビジネスと政変と(1)

大蔵大輔の執務室をノックして入ってくるものがいた。
「馬鹿ぁー」
馨の怒声が轟いた。
続けて大声で言った。
「誰も入れるなと言ったはずじゃ」
そして机の上の冊子を投げつけていた。
「失礼します。あぁあこのようなものを」
気にすることもなく入ってきたのは、渋沢栄一だった。
「はぁ、公議公論ですか。こんどは民権活動家にでもお成りですか」
「そげなもんは知らん。何を

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#104

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#104

20 辞職とビジネスと政変と(2)

 この夜、馨はいつもの店でお気に入りの芸者を置いて酒を飲んでいた。
そこに女将がやってきた。
「井上様、芳川様のお使いが見えられて、渋沢様もお越しのようで、こちらに来てくださらないかとおっしゃっていますが。いかがいたしましょう」
「芳川と渋沢がの。そうじゃの、そちらに参ると伝えてくれ」
 そう言うと、そばにおいていた妓に「すまんが今日はこれまでじゃ」と声をかけ

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#105

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#105

20 辞職とビジネスと政変と(3)

 その頃、正院では大蔵省の縮小案が議決されていた。内閣が設置され、参議が法令の作成や予算の審議を行うことになった。
 そのため大蔵省の内局の調査・監査部門が正院の内史に移管されることになった。これは馨の全面的な敗北を意味していた。これを受けて馨は辞任願を三条実美のもとに提出した。
「渋沢の言う通りになったの。おぬしは辞めるのをやめろ」
「井上さん、それは以前の

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#106

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#106

20 辞職とビジネスと政変と(4)

ある日岡田から宴席の招待を受けた。
「ご免官叶いまして、おめでとうございます」
「めでたいことかの」
「我らにとってはめでたいことでございます」
「我らとな」
「造幣権頭の益田孝くんもおやめになったということで、アーウィンという英国人の貿易商人もつれて、合流することになるらしいです」
「そげな話は聞いとらん」
「面白い者たちが集まりそうでございます」
「そうい

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#107

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#107

20 辞職とビジネスと政変と(5)

 馨は工部省に山尾庸三を訪ねた。尾去沢鉱山の件の礼を言うためと、弥吉改め井上勝を視察に同行させることを説明するためだった。
「工部大輔様へのお礼の言上のため参りました」
馨は笑いながら言った。
「聞多さん、そのような物言い似合わないですよ」
「そうかの。これからは一商人になるんじゃ。偉そうにしても得はないじゃろ」
「鉱山もですか」
「あぁ鉱山の方は気が進まんの

もっとみる
【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#108

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#108

20 辞職とビジネスと政変と(6)

 そして、木戸も帰国をして、長州が排除された政権に不快感を隠せなくなっていた。渋沢や陸奥が馨の大蔵省のやってきたこと、問題点を話しに訪問していた。肝心の馨はなかなか訪ねては来なかった。
 木戸はとうとう馨の家に押しかけて行った。
「聞多があまりにも、顔を出してくれんので、来てしまったよ」
木戸は笑みを浮かべ、馨の前に座った。
「どうですか、体の調子は」
「まぁ

もっとみる