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「寂しさ」が音の力で姿を変えた

驚くほど細かい。
初めて聴いた時、そう思った。

普通に流したら必ず発生するはずのその音が、「電子機器」と言う媒体を通して流した瞬間に「芸が細かい」に進化する、と言うことを目の当たりにした瞬間でもあった。

これをお読みの方も一度は聞いたことがあるだろう。「オルゴール」の音。ぽん、ぽんと鉄の鍵盤を弾くことで発生するその音。技巧はとても精密で、ミリレベルでのズレがテンポも音も変えてしまう。一般流通してるもの大体がねじ巻き式で、巻いた分、音が流れ続ける。

東京ワンピースタワー閉園に伴うエンディングチケットを運良く入手し、入園時間まで空き時間を東京タワーの中で過ごしていた。スピーカーから繰り返し流れ続けている曲に何気なく耳を傾けた。曲名があるかどうかさえ危ういと思うその曲の合間にその『音』は鳴った。


『カチカチカチ…カチカチカチ…』


ねじ巻き式オルゴールの、『ねじを巻く音』だ。しかも更に細かいのが、オルゴールの曲は2種類あり、片方は30秒程度の短い曲でもう片方は2分くらいの曲だ。30秒程度の曲が流れる前は巻く音が少なく、2分くらいの曲の前はしっかりと巻いている音がする。

こんな音にまでこだわった楽曲を流しているなんて、今まで一度も気付かなかった。何度もここには来ていたはずなのに、どうして気付かなかったのか…と思った。大した事ではないのだけど、でも、私は少し感動していた。じっくり聞かなければ聞き落としてしまう様なギミックを、わざわざ入れたことに。


そもそも何故オルゴールなんだろう。軽やかでありながらどこか寂しげなその曲は、人々を迎え入れている様には到底思えない音に聞こえた。まだ昼過ぎだと言うのに、「もう帰る時間だよ」と言われている様な音がする。決して「楽しげ」ではないのだ。きっと理由があるのだろう。

元より電波塔の役目をしていたその場所。流行りの曲を流すには少し時代遅れな場所でもあるのだろう。個人的に、東京タワーには最早「仕事をしていた」頃の様な栄華は見られない。どこか古臭い雰囲気が漂っており、賑わいはあるものの、物足りなさを感じさせる空気があった。それ故に、華やかな曲ではなく、シンプルに人々の空気を邪魔しないオルゴールという音をBGMに選曲したのかもしれない。音だけ聞けば寂しさはあるものの、居心地の良さはあったから。実際、フットタウンのベンチには多くの人が腰を掛け、ゆっくりと各々の時を過ごしていた。

そして、何よりこれは正しく「帰る時間」の為の音なのかもしれない、と思った。ワンピースタワーを出て、帰る為のエスカレーターに乗り込む。階下へ向かう中、耳に届いたオルゴールの音色はまるで「良い日だったね」と語りかけてくる様に聞こえた。思い出を持ち帰る為に何より大事なのは、帰り道に余計な雑音やトラブルを見聞きすることなく、それまで感じてきた世界を頭の中で反芻させる時間だと思っている。オルゴールの音色は、それを上手くサポートしてくれている様な、そんな音に聞こえたのだ。オルゴールの音色によって、幸せな終わりを感じられた自分が居たのだ。


もしかしたら東京タワーの管理者達はそんなこと微塵も思ってないかもしれない。もしかしたらお金が無くて流行りの曲を取り入れることができなかっただけなのかもしれない。でも、そんなことはどうでも良い。あのオルゴールの音が、「寂しさ」を感じていた私から「幸せ」と「満足感」を作ってくれたのだから。

良い日だったね、って、言ってくれた気がしたから。それで良いんだ。
理由なんて、どうでも良いよ。…ありがとう。

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