【読書】木村弘一『安吾と檀(日本短編小説叢書)』を読んだ
医科大学に通いながら小説を書いていた筆者の、坂口安吾と檀一雄との交流を書いた随筆二篇と、筆者自身の体験に材を取ったと思われる短編小説二篇を収録。Amazonで買った古本だが、町田市図書館の除籍本らしい。資料としても作品としてもとても興味深かった。
「安吾との出会い」
医科大学在学中の昭和二十一年に坂口安吾の「女体」を読んで感銘を受けた筆者は二十二年七月七日に当時目蒲線矢口渡駅にあった坂口安吾邸で初めて安吾と面会し、三時間の対話をする。そこで気に入られたのか、のちに安吾が激務のために睡眠薬と覚醒剤を濫用したことによる極度の躁鬱状態の時期を経て、二十九年三月に再び安吾が妻三千代と寄宿していた桐生市の書上邸で再開した際にも上機嫌で迎え入れてくれた上に、持参した小説を読んでその文章を褒めてくれる。その後もう一度桐生に安吾を訪ねた際には朝から食卓に瓶ビールが林立するさまを見て血圧を心配するが、安吾は頑なに血圧は大丈夫だと言い張り、この訪問が最後になって安吾が脳溢血(主な原因として高血圧が挙げられる)で亡くなってしまったことが大きな悔いとして残った。
戦後の、特に躁鬱期の過激なエピソードばかりが紹介されやすい安吾の、若い読者に対する優しい眼差しと気遣いを知ることができて、安吾に対する敬意と親しみを深めることができた。やはり安吾は偉い人だ。しかし、偉過ぎて自分を労わることができなかった。改めて早逝が悔やまれる。
「檀一雄とのひととき」
安吾が極度の躁鬱状態で面会不能の状態になっていた時に筆者が訪れていたのが檀一雄で、小説を読んでもらって意見を聞いたり、一緒に酒を飲みに行ったりしていた。この作品は安吾の死後、檀が隠れ家にしているという熱海の家を訪ねた時の会話を書いていて、安吾の死を飲み込みきれない様子の檀に筆者が「先生、安吾さんのこと、暗示にかからないでください」と声をかけると即座に顎をしゃくって虚空を見据え「うん、暗示にかからない!」と返す場面が強く印象に残った。この毅然と自らを鞭打って進んでいく檀一雄という男も偉い。偉いから、危うい。
「ぽったん俊ちゃん」「門前徘徊」
この二篇は筆者の体験に材を取った小説で、いずれも死への恐怖に取り憑かれた主人公がそれを克服するべく、「ぽったん俊ちゃん」では祖母や友人に不安を洗いざらい告白して意見を仰ぎ、「門前徘徊」では禅寺の修行に参加して、なんとかもやもやした不安を取り除こうと奮闘するというもの。個人的には「ぽったん俊ちゃん」の、小学校低学年ゆえの主人公の純粋さがより悩みを深刻にしているところが面白かった。その悩みは地獄絵図を見たことで「俺は悪い事をいっぱいしたから死んだら鬼に責められる」というもので、散々悩んだ挙げ句に友人に懺悔したら「お前、鬼が本当に居ると思ってるの?」「死んじまったら舌なんか抜かれても痛くないだろ」と言われてしまい、それでハッとして気持ちが楽になってしまう。この深刻さと変わり身の早さが実に子供っぽくていい。子供の視点で本当に憂鬱そうに書いているところがユーモアになっている好篇だと思った。他の小説も見つけられたら読んでみたい。
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