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一文物語集 ポケットに入る宇宙の万華鏡 上 その12

本作は、手製本「ポケットに入る宇宙の万華鏡 下」でも読むことができます。

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鍵盤である大地を歩く彼の音色は、心地よく、同じ音を奏でたいと後をついていっても、歩き方、重さで、全く違ったその人の人生がメロディーとなって、また誰かが振り向く。

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2

意中の彼女とキーボードを激しく打って、メッセージを交信するなかなか気持ちを伝えない彼に、じれったさを感じたキーボードが、やりとりを察して、愛の言葉を勝手に生み出し送る。


3

最近、神が神アップデートし、インターネットに降臨できるようになり、縁結びの神が、出会い系サイトを立ち上げて、運営の評判は悪くない。


4

千以上の言葉を言霊にしてきた彼は、つまずいた折に、ゆるやかな風が吹く仏の庭に迷い込み、立ち並んで出迎えてくれた千の言霊の像が様々に微笑んで、ゆっくり迷えばいいと悟らせる。


5

若いまま長生きしたい女性は、所持金をいく先々で、お賽銭につぎ込んで神頼みすると、足元からだんだん木質化して仏像となり、これから数千年、多くの人々に崇められ、手厚く補修されながら生きていくことになった。


6

顔が見えないからと、その女性はガラス板に怨念を込めた文字を打ち込むと、心はすっきりするが、ガラス板には自分の顔がだんだん濃く映り始め、文字の縄が首を絞めている。

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7

言(こと)バーには、赤や青の色の言葉や、綺麗に荒々しいといった形容の言の葉メニューたくさんあり、笑顔少なめの女性がカウンターで、オススメを頼むと、マスターが顔色を伺って、微笑魅をやさしく作り上げた。

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8

小さな種が二つ落ちると、その場で芽を生やし、細い枝葉を伸ばして、やがて木となって、広がった枝と枝がぶつかったところを飛べない虫が渡った。

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空気のように変わりばえしない言葉ばかり吸っていて、それだけで満足している人々は、悪の期待そのままに、ただただ同じ文脈しか吐き出せなくなっている。

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急に寒くなった日の夕暮れ、気を利かした夕日がドライヤーのごとく、熱風を送り続けたすえにやせ細り、翌年の夏が涼しくなってしまったことを詫び、十分休んだからと、しばらく丸焼けの年が続いた。

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暖かい風をテーマにしたコンサートのステージに登場した演奏者たちは、さまざまな温風送風機を操って、会場をぬくぬくさせる。

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12

海向こうの機械の国のロボットが、熱で壊れたものをなんでもくっつけ直すというので、冷めきった夫婦が、最後の望みを託して、荒波を二人で泳ぎ切って、鉄の陸に上がったときには、二人はもう相愛の仲となっていた。

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風泉なる温泉の入った風船が、どんな場所にも風に乗って届けられ、いつでも温泉を楽しむことができるが、量は少なく、よく伸びる風船に体ごと入るため、その形姿が恥ずかしい。

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愛に燃え上がった二人の体は、互いの血を巡らせるように溶けあって、最後は灰になって一緒に散った。

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心が冷たいと嘆く青年が、真っ赤に熱せられた鉄棒を何度も胸に押し当てるも、ただ棒を握って火傷するだけの手を雪女が止め、冷たい世界もあると、彼は、心あたたかかく引き入れられた。

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徐々に見捨てられていく悲し嘆く数々の本が、狂気に言葉と情報を手当たりしだい食べまくり、最後は文字を撒き散らして爆発し、その悲惨な現場は、使い回された文字で散乱していた。

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熱にうなされていた彼は、ふと、ぼやけた天井を見ると、同時に見えた四隅に見知らぬ子供の顔があって、こちらを見ていた。

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積み重ねてきた石段の上に立ち、空の天井に手が届いたと思った彼は、誰もつかんでいない霞に触れ、背後に刻まれた足跡に励まされて、また石の段を持ち上げて、未知の道を作る。

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まだ固まりきっていないコンクリートの前で、一人、彼女の悪口を叫び散らした数日後、憎悪の言葉で具現化したコンクリートの造形物ができあがっていて、何をしても壊せない。


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別れた彼の悪夢で目覚めの悪かった彼女は、ミキサーに野菜や果物と一緒に、沈んだ気持ちの文句も投入してから刃を回すと、彼女の硬い言葉によって刃がボロボロに欠けてしまった。

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目を合わせれば、切っ先の鋭い刀のような言葉を振りまわす夫婦は、火花を散らせながら、相手が折れれば良いと思っていたが、二人の心に、何気ない一振りが突き刺さって相打ちとなった。

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凍える何もない暗い道で迷った男女は、誰のせいだと責任を押しつけあって、言葉をこすり合っていると発火したので、火を起こし、朝まで暖を取った経験から、暖かい家庭を築いていった。

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遺跡に残された太古の設計図から、地球全体を組み込んだ装置がよみがえり、石造りの中央の凹みを強く押すと、人類がいっせいにあくびをしてしまう仕掛けのおもちゃだと判明した。

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噛んでも噛みきれない愛を喉に詰まらせており、少しずつ溶けていくのをもう長く、苦しくも味わってきたが、ついに溶けきって、彼女は嗚咽した。

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口のきけない彼女との意思疎通は、唇を重ね合わせることで、言いたいことも記憶も口移しで共有できてしまう。

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突然、ありがとう、と弱った地球から意識に訴えかけられた人類はいっせいに、死の焦りをにじませながら、感謝という薬を飲み飲ませ、祈り生き永らえている。

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人生の伴侶に互いに画家を選んだ二人は、共同作品として、互いの背中に描かせ合った絵を発表し、一部で、のろけた筆使いだ、と妬まれている。

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包帯を全身に巻いて行けば入場できたその演奏会は、乾いた笑顔のミイラばかりだが、そのおしゃべりや死者の音楽は、まったく聞こえてはこない。

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これを最後にするから、と妻を説得して書き出した小説は、これから妻と過ごす未来地図の物語で、彼の命が尽きるまで書き続けられ、読まれていった。

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言霊が具現化せず無能だと、一人小舟で真っ暗な海原に放り出された少女は、誰も到達できなかった地平線上で、光になりたいと呟くと、星になって、空で踊れば、世界は目を回す。

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言葉を忘れかけていく男が、最後の最後に力を振り絞って、小さかったが、力強い丸を一つだけつけ、それ以後、言葉を発することはなかった。

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