現代語訳『玉水物語』

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現代語訳「玉水物語」(その一)

今から少し昔、鳥羽の辺りに高柳《たかやなぎ》宰相《さいしょう》という人がいた。三十歳を過ぎても子どもが授からず、どうしたものかと嘆いて神仏に祈っていたところ、その効験《こうけん》だろうか、やがて北の方に懐妊の兆しが見えたため、限りなく喜んだ。
 その後、十月上旬に姫君が生まれた。手の上で玉を扱うように大切に育てられたが、姫君の容姿はあらゆる面において優れ、誠に光り輝くように見えた。
 こうして年月

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現代語訳「玉水物語」(その二)

玉水は様々なことにつけて優雅に上品な風情で、何気ない遊びなども含め、姫君のそばで朝夕慣れ親しんで仕えた。朝に手水《ちょうず》で顔を洗い、夜に姫君の乳母子《めのとご》の月さえと同じ衣の下で寝るまで、立ち去ることなくいつも一緒にいた。

 庭に犬がやって来ると、玉水は顔色が変わって身の毛がよだち、食事が喉を通らなくなった。極度に恐れる様を心苦しく思った姫君は、屋敷から犬を追い出した。
 だが、このよう

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現代語訳「玉水物語」(その三)

こうして月日が過ぎ、八月になった。
 秋の訪れを告げる初鴈《はつかり》の鳴き声が身に染みる心地がして、玉水は寂しさが込み上げるのを感じていた。
 養母からはいつも便りが届き、実の親よりも愛されていた。普段着と一緒に美しく感じのいい衣装が送られてきたが、手紙には恨み言がしたためられていた。
「どうして、たまには我が家に帰って、わたしたちを慰めてくれないのですか。あなたのことが心配で、いつも夜に寝覚《

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現代語訳「玉水物語」(その四)

時が過ぎ、三年が経《た》った十月のある日、姫君の親しい人々が大勢集まって紅葉合わせが行われることになった。その前日、姫君は玉水に、色の美しい葉がたくさん付いている紅葉の木を知らないかと尋ねた。
 夜が更けると、玉水は闇に紛れて屋敷を抜け出し、狐の姿になって鳥羽《とば》離宮の南にある、きょうだいが住んでいる塚へと向かった。
 きょうだいたちは玉水との再会をとても喜んだ。
「今までどこで何をしていたの

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現代語訳「玉水物語」(その五)

さて、玉水のきょうだいたちが山に入って紅葉を探し求めると、二番目の弟が不思議な枝を見つけた。五寸ほどの長さのその枝は葉の色が五色《ごしき》で、それぞれに法華経《ほけきょう》の文字が浮かび、まるで鮮やかに磨き上げたようだった。
 翌日の午《うま》の刻、この紅葉を渡された姫君はとても喜び、玉水を褒めた。
「これほど見事な枝ぶりの紅葉を見たのは初めてです。他にも多くの紅葉を譲り受けましたが、これに勝るも

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現代語訳「玉水物語」(その六)

紅葉合わせの当日、参加した人々は心を尽くして歌を詠み、美しい色の枝を用意したが、いずれも姫君のものには到底及ばず、五度の合わせはすべて姫君が勝った。
 この話は世の噂になってやがて帝の耳にも入り、紅葉を奉呈《ほうてい》するようにと仰せがあった。惜しいことではないのですぐに献上したところ、帝は枝ぶりと歌の見事さに感動した。
「その姫君をすぐに参上させるように」
 命じられた時の関白は帝に進言した。

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現代語訳「玉水物語」(その七)

ある日、物の怪《け》に取り憑《つ》かれたのだろうか、玉水の養母が病に倒れた。多くの祈祷《きとう》を行ったものの、月日が重なるにつれて容体が悪くなっていくように見えたため、養母は本心を隠して夫と息子たちに頼んだ。
「御所にいるあの子に、もう一度会わせてくれるようにお願いしてもらえませんか。いつも恋しく慕っていたあの子の顔を見れば、きっとこの病も治ることでしょう」
 養母の様子を伝え聞いた玉水はひどく

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現代語訳「玉水物語」(その八)

玉水の養母は、落ち着いている間は心細げなことを口にし、時折、発作が起きると物の怪《け》に取り憑《つ》かれたように正気を失った。
 ある時、養母は発作が少し治まってから玉水に向かって言った。
「このような有様《ありさま》なので、最後には死んでしまうのでしょう。わたしがこの世からいなくなったら、あなたは誰を母と頼めばいいのかと思うと不憫でなりません。――この鏡はわたしが母から譲り受け、命の限り手放すま

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現代語訳「玉水物語」(その九)

その後、養母が再び物の怪《け》の発作を起こしたため、家族が集まって嘆いていたところ、やがて少し落ち着いて寝たので皆少し安心した。
 夜更けになり、人々が寝静まって玉水だけが起きていたところ、一本も毛のない禿《は》げた古狐《ふるぎつね》がやって来るのを目にした。よく見るとそれは玉水の父方の伯父《おじ》だった。
 玉水が立ち去る伯父を追い掛け、二人が屋敷から遠ざかると、養母は落ち着いた様子でまどろんだ

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現代語訳「玉水物語」(その十)

伯父は目を剥《む》いて反論した。
「人界《じんかい》に生まれるのは仏の教えによるものならば、この世に現れた仏に命を奪われることもあろう。儂《わし》が起こした罪ではなく、彼らがみずから招いた罪の結果であるなら、我が身には微塵《みじん》も咎《とが》はない。一日中、座禅をして思いを巡らせながら心の内を見ると、我が心には仏になるべき本性《ほんしょう》がないため、理《ことわり》を理解するしか手はない。理を推

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