現代語訳「玉水物語」(その四)

 時が過ぎ、三年が経《た》った十月のある日、姫君の親しい人々が大勢集まって紅葉合わせが行われることになった。その前日、姫君は玉水に、色の美しい葉がたくさん付いている紅葉の木を知らないかと尋ねた。
 夜が更けると、玉水は闇に紛れて屋敷を抜け出し、狐の姿になって鳥羽《とば》離宮の南にある、きょうだいが住んでいる塚へと向かった。
 きょうだいたちは玉水との再会をとても喜んだ。
「今までどこで何をしていたのだ。もう死んでしまったのかと思って、この三年間、ずっと供養していたのだぞ」
「最近は御所の辺りに住んでいますが、落ち着いてから改めて説明します。それよりも明日、とても大事な用があって、紅葉を探しにやって来ました。どこにあるか知りませんか」
「いい場所がある。手に入れるのはたやすいことだ」
「嬉《うれ》しい知らせです。それでしたら、高柳のお屋敷の南の対屋《たいのや》の縁側に紅葉の葉を置いてもらえませんか」
「造作もないが、屋敷に犬がいるのではないか」
「犬はおりませんので、どうかご安心ください」
 詳細を言い残して、玉水は高柳の屋敷に戻った。

 帰宅すると、姫君と月さえが待ち受けていた。
「いつもならこのようなことはなかったのに、いったいどこに行っていたのですか」
 玉水は笑いながらふざけて答えた。
「身分の低い男と恋に落ちて契りを結び、屋敷の外で逢瀬《おうせ》を交わしておりました」
「本当にそのようなことをしていたのですか。それにしては随分と遅かったではありませんか」
 月さえに続いて姫君が言った。
「それがもし事実だったら、どれほど憎らしいことでしょう。心が移ると人は変わってしまうのが世の常ですので、きっとわたしは玉水に見捨てられてしまうのですね」
 姫君の戯《たわむ》れ言を、玉水はとても嬉《うれ》しく聞いた。
「ご冗談を。たとえ相手が世にも稀《まれ》な殿方《とのがた》だとしても、姫さまのおそばを離れて結婚するつもりはありません」
「もう知りません」
 そう言いつつも微笑《ほほえ》む姫君を見つめながら、玉水は身に染みる心地がしてひどく申し訳なく思った。
(続く)

【 原文 】 http://www.j-texts.com/chusei/tama.html


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