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安直な求人がトラブルを招く【求人情報と内定通知書の記載の齟齬が問題となった事例・プロバンク事件・東京地裁令和4年5月2日決定】

労働契約は、①求人情報への掲載→②求職者による応募→③採用面接→④内定という過程を通じて成立していきます。
この場合、通常であれば①で示される労働条件と④の労働条件は同じものになります。

ところが、実際には①と④の労働条件が異なっている(④の内定段階で示される労働条件が①の求人段階のものより不利になっている)ということが散見されます。

この場合、求職者側は①の求人情報で掲載した労働条件での労働契約の成立や賃金を企業側に請求できるのか?

今回はそのような点が問題となった事例としてプロバンク事件(東京地裁令和4年5月2日決定)を取り上げます。

どんな事案だったか?


本件は、経営コンサルタントや不動産業を営む相手方会社の求人に応じて面接を受けた求職者である申立人が、相手方会社の出した内定通知書に記載された月給額が不満であるとして、相手方会社に対し、求人情報に記載された労働条件による労働契約上の地位に基づく賃金の仮払いなどを求めた仮処分申立事件です。

これに対し、相手方会社は、内定通知書の労働条件を申立人が承諾しなかった以上、労働契約は不成立であると主張したところ、一審(東京地裁令和4年5月2日決定)及び本裁判所はいずれも相手方会社の主張を採用して申立人の申立てを却下しました(抗告も棄却:東京高裁令和4年7月14日決定)。
(※仮処分手続では申立てをした側を「債権者」、その相手方を「債務者」といいますが、分かりにくいので「申立人」、「相手方」と表記します。)

裁判所が認定した事実

本件で裁判所が認定した事実の概要は以下のとおりです。

  • 令和3年8月、相手方会社は、施工管理部門を新たに立ち上げるに際し、施工管理業務の経験と部下育成等のマネジメント業務もこなす部門責任者が必要であると考え、求人サイトに求人情報を掲載。

  • 具体的な求人内容は、「月給46万1000円から53万8000円及び賞与年1回(10月)」で、初年度の年収は600万円から700万円を想定するというもの。また、みなし残業手当45時間分(11万2680円から13万1490円)を含み、超過分は別途支給するとしていた。

  • 令和3年9月11日、申立人、求人情報から相手方会社の求人に応募。

  • 令和3年9月20日、申立人に対する採用面接を実施。面接後、相手方会社側からは「月給総支給額40万円(45時間相応分の時間外手当を含む。)、賞与120万円(2022年10月に支給)」と記載された採用内定通知書が交付される。

  • 令和3年9月22日、申立人、相手方会社側に電話をして月給総支給額40万円に45時間分のみなし固定残業代を含むのかを確認する。

  • 令和3年10月7日、相手方会社、申立人に対して「月給302,237円、時間外手当97,763円(時間外手当45時間分に相当するもの)」とする労働契約書を交付。これに対し、申立人は署名押印せず持ち帰る

  • 令和3年10月21日、申立人、相手方会社に対し、上記労働契約書の「302,237円」を二重線と訂正印で消して月給欄に「400,000円」と加筆したものを提出

  • 令和3年10月22日、相手方会社、申立人に対し、給与面での条件について了承がない以上、労働契約は締結されていない状態であるとの認識を示す

裁判所の判断

裁判所は次のように示して労働契約の成立を否定して申立てを却下しました。

  • 求人情報には年収額、月給額及び賞与が年1回支給されることが明示され、採用内定通知書にも月給額、賞与額及び賞与の支給時期が明示されていたことからすれば、年収額のみならず、月給額も債権者及び債務者が労働契約を締結するか否かを判断する際に重要な考慮要素であったといえる

  • 申立人による求人への応募は「初年度年収600万円から700万円、月給46万1000円から53万8000円(固定残業代45時間分を含む。)及び賞与年1回支給」という条件で労働契約を締結するという意思表示

  • これに対し、採用内定通知書の交付は「月給40万円(45時間分の時間外手当を含む。)及び賞与120万円(2022年10月支給)」という労働条件の労働契約を締結するという意思表示

  • そうすると、申立人の申込みと相手方会社の採用内定通知書の意思表示の内容は食い違っている。そのため、相手方会社が申立人の申込みを承諾したとはいえない

  • 申立人が労働契約書の「302,237円」を二重線と訂正印で消して月給欄に「400,000円」と加筆したものを提出したという点からしても、申立人側が相手方会社が示した採用内定通知書の記載する労働条件に承諾していたとはいえない

  • 以上から、申立人と相手方会社との間に労働契約は成立していない。

裁判へのコメント

法律論としては結論、理由付けともに妥当であり、労働契約の成立が認められなかったのはやむを得なかったと考えます。

以下、

  • 契約の成立に必要な意思の内容

  • 月給額は労働契約の要素になるか

  • 少なくとも「月給40万円」部分に労働契約は成立しないか

  • 求人情報と内定通知とで労働条件を変えることは信義則に反しないか

の項目に分けてコメントします。

契約の成立に必要な意思の内容

本件の大前提として、契約とは「申込み」と「承諾」の一致により成立することを確認する必要があります。

法律学的には、契約の「申込み」とは「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示」をいい、「「承諾」とは、この「申込み」を了承することにより契約を成立させる意思表示」をいうとされます。

つまり、契約が成立するためには、「申込み」により示されている契約の要素を、そのまま相手が了承することが必要ということになります。

月給額は労働契約の要素になるか

そこで、次に「労働契約の要素」とは何かが問題となります。

この点、仮に労働契約の要素として年収額ベースでの賃金が定められていれば足りると考えるとすれば、本件では申立人も相手方側も「年収600万円」という範囲で賃金額が合致しているため、労働契約が成立していると理解することもできます。

しかしながら、本件の裁判所は年収ベースの金額だけではなく、月給額も労働契約を締結するか否かを判断するための重要な要素であるとしました。

そうすると、本件では申立人の希望は「月給46万1000円」であり、他方、相手方会社が認めるのは「月給40万円」(いずれも固定残業代分込み)であることから、両者には契約の要素の部分に意思の合致がないということになります。

この点、労働基準法89条は「賃金・・・の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」について就業規則に絶対に記載しておく必要があると定めています。

これは、賃金のトータル金額だけではなく、1回ごとの支給金額や支給時期も労働者の生活に重大な影響を与えるため、就業規則で労働条件を定める際には特に明確にしておく必要があることに基づきます。

このように、労働基準法上も1回ごとに支給される賃金額は重要な労働条件と扱っているということとの均衡から、やはり月給額は労働契約の要素になるといわざるを得ないと考えます。

そして、本件では申立人の「月給46万1000円」と相手方会社の「月給40万円」の認識(いずれも固定残業代込み)が一致していない以上、労働契約は不成立となるのは仕方ないところです。

少なくとも「月給40万円」部分には労働契約が成立していないか

ところで、本件では相手方会社と申立人との間では、少なくとも「月給40万円」部分については意思の合致があるとして、その範囲での労働契約の成立は認めてよいのではという考えもあり得そうです。

しかしながら、この点について民法528条は「承諾者が、申込みに条件を付し、その他変更を加えてこれを承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなす」としています。

この規定によると、本件では申立人の「月給46万1000円」の申込みに対し、相手方会社は「月給40万円」という変更を加えてこれを承諾したということになります。
そのため、本件では申立人の「月給46万1000円」の申込みを拒絶するとともに、相手方会社は「月給40万円」による労働契約を申し込んだと扱われることになります。

これに対し、申立人は、相手方会社が作成した労働契約書に加除を加え「固定残業代を除く月給40万円」という労働条件による労働契約の締結をするよう求めています。

そして、この申立人の行為も、相手方による「月給40万円(固定残業代込み)」という申込みに変更を加えて承諾をしたものであるため、申立人の「固定残業代を除く月給40万円」は、やはり相手方会社の「固定残業代を除く月給40万円」での労働契約の申込みの拒絶と扱われることになります。

このように考えると、本件ではどうしても賃金面をめぐる労働条件に申込みと承諾の意思の合致が認められず、したがって、労働契約は成立していないといわざるを得なさそうです。

求人情報と内定段階とで労働条件を変えることは信義則に反しないか

最後に、求人段階で示した労働条件を、内定通知段階で反故にするのは信義則(民法1条2項)に反するという考えもあり得そうです。

しかしながら、使用者側としては、「できるだけ優秀な人材を集めたくて高待遇の求人を行ったが、採用過程で期待されるほどの人材を集められなかった。それでもある程度の条件で採用はしたい。」という需要もあります。

そして、契約自由の原則からすると、使用者側も労働契約が成立するまでは上記のような意向に基づき労働条件を変更することは自由です。
他方、労働者側もそのような労働契約を拒絶する自由があるわけなので、当該行為を一律信義則に違反するということは難しいと考えます。

以上から、本件では労働契約が成立しないという結論をとった裁判所の判断は法律論的には妥当だったと考えます。

最後に

以上、プロバンク(抗告)事件を扱いました。

今回の事例では結果的に相手方会社の主張が認められましたが、そのような救済が認められた最大の理由は、相手方会社側が内定通知を出した段階で本来の月給額を示していたからでしょう。

これに対し、仮に今回の事例で相手方会社が特に月給額を示さずに単に「選考の結果、貴殿の内定が決定しました。」とだけ記載された内定通知書が交付されていた場合はどうでしょうか。

この場合には、申立人側の「月給46万1000円」という月給の申し込みを、相手方会社がありのまま認めたとして、同金額での労働契約が成立したと理解する余地が生じるところです。

実際、内定段階で実際の詳細な労働条件を出さなかったために、求人情報を前提とした労働条件の成立を認めた福祉事業者A苑事件(京都地裁平成29年3月30日判決)という事例もあります。

このように、本来の労働条件を隠して採用活動をしてしまうと、後で大きな負債として企業側に跳ね返ってくることがあります。
そのため、採用担当の方々におかれては今回の結果を楽観視することなく、今回の裁判例とこの福祉事業者A苑事件の両方を読み合わせた上で求人や内定がもつ法的な意味を学習しておくことをおすすめいたします。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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