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10年たったら…【才の祭参加】


冷たい霧のような雨が降っている。

真美はターミナル駅の駅前広場に立っていた。
広場には大きなクリスマスツリーがキラキラと光り輝いている。イルミネーションも色とりどりの光を放ち、クリスマスイブに彩りを添えている。

雨は降っているけれど、恋人たちにも、ワイワイと楽しそうなグループにも、そんな事は関係無さそうだ。

真美は、そんな道行く人々を見ながら考える。

こうちゃん、本当に来るのかな。来ないかもしれないな。

真美は今日10年振りに、かつての恋人だった浩志と待ち合わせをしている。だけど、それは確約されたものではなかった。10年後の今日、20時にこの場所で会おうという口約束をしたにすぎないからだ。

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10年前。

真美と浩志は恋人同士だった。
付き合いが始まって2年ほどが経ち、そろそろ結婚の事も考える、そんな頃だった。

浩志は、大手の損保に勤務している。この街には転勤でやってきて3年が経とうとしていた。そろそろ、次の転勤の話が出てくるような、そんな時期でもある。
一方、真美はこの街の広告代理店に勤務している。仕事は忙しく、大変な事もあるけれど、やればやっただけ成果になるのが楽しくて毎日が充実していた。

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その年のクリスマスイブは土曜日だった。

そのおかげで、今日はお泊まりのデートができると真美は何日も前からワクワクしていた。念入りに化粧をし、この日のために買った新しいワンピースに袖を通した。深い緑のワンピースは真美にとても良く似合っていた。髪の毛もきれいに巻いてみた。
「うん。いい感じ。」
真美は鏡の中の自分に微笑んだ。
プレゼントには上質な手袋を用意した。気に入ってもらえるといいなと思いながら、待ち合わせ場所に向った。

ターミナル駅の駅前広場で待ち合わせをしている。広場には大きなクリスマスツリー。あちらこちらに煌びやかな装飾が施されている。
真美は、行きかう人々を眺めながら、これからの予定を想像して表情を崩した。

今日は、列車に乗って海辺の街に行くことになっている。いつもだったら車で行くのだけど、ちょっとした旅行気分を味わいたくて列車で行く事にしたのだった。

10分程たった頃、向こうから浩志が駆けてきた。

「ごめん。待った?」

「ううん。待ってないよ。そんな走って来なくてもいいのに。」

「真美が立っているのが見えたから。早く会いたかったし。」

二人は寄り添いながら、駅の構内に入っていった。


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ホームで待っていると、ブルーメタリックの特急が滑り込むように入ってくる。デザイン性の高い特急は、外見のカッコよさはもちろん内装もモダンな印象を与えるものだ。そんな列車に乗り込むと、否が応でもワクワク感と旅行気分が高まってくる。

スムーズに走る列車。
外の景色を眺めつつ、温かいコーヒーを飲み、おしゃべりをする。そんな時間でさえもプレゼントみたいだなと真美は思った。

途中、普通列車に乗り換えて海辺の街に着いた。そこは、一番最果ての駅でレールの先は行き止まりになっている。ほとんど見る事のない光景に二人はレールの前で写真を撮ってはしゃいだ。

駅を出て少し歩くと、目の前に広がる海。後ろを見ると、山も見える。冷たい海風を吸い込むと、鼻の奥がツンとしてちょっと涙が出てきた。手をつなぎながら、海に向って歩く。
この街の海辺には、歴史的建造物が多く建っていてレトロな街並みになっている。今日はクリスマスイブの土曜日なので、多くの恋人たちが歩いていた。

そんなレトロな街並みをゆっくり歩く。
横にいるのは、大好きな人。背が高くて、優しくて、博識な人。整った横顔は、いつ見ても真美をうっとりさせる。

「俺の顔、なんか付いてる?」

「付いてないよ。あのね。こうちゃんっていつ見てもカッコイイなって思ったの。」

「おおっ。かわいい事言ってくれますねー。」

そう言うと、浩志はぎゅっと真美を抱きしめた。

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ホテルの部屋で寛いでいると、浩志が真美に言った。

「真美。俺たち付き合って2年だろう。そろそろ、結婚しないか?」

「え・・・。ほんとに?」

「だけど、相談があるんだ。俺、今転勤の話が出ている。今度は関西に。だから、結婚となったら真美に仕事を辞めてもらわないといけなくなるんだ。」

その話を聞いた真美は、なんと言ったらいいのか分からなくなってしまった。

浩志の事は結婚してもいいほど大好きだ。こんな人にはもう出会えないとも思う。だけど、仕事は続けたい。辞めたくなかった。浩志と結婚するという事は、彼の都合で生きていかなくてはいけないという事だ。仕事も人間関係も何もかも。

「私も、こうちゃんと結婚したい。でも、ちょっと考えさせて。ごめんなさい。」

真美はそう言うと、浩志の背中に抱きついて泣いた。

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翌日の午後に戻ってきたステーション駅。昨日まではあんなに輝いて見えたのに、今日は光を失って見える。俯きがちに歩く真美の手をにぎった浩志は立ち止まった。

「真美。いろいろごめんな。俺と出会ったのが悪かったのかな。」

「こうちゃん。そんなこと言わないで。私が悪いの。私の、わがままなの。こうちゃん・・・、ごめんなさい。」

「10年後のクリスマスイブ。20時にここで会おう。それまで、それぞれでがんばっていこう。」

「うん。分かった。それまで、私がんばるから。こうちゃんも元気でがんばってね。」


結局、真美は仕事を選んでしまった。後悔はないと言ったら嘘になる。だけど、自分で言いだした事だ。浩志に恥ずかしくない自分でいたい。そう思いながら、真美は顔を上げて歩き出した。

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もう21時を過ぎてしまった。本当に浩志は来るのだろうか。

真美はかじかんだ手を缶コーヒーで温めながらツリーの前で待っている。降っていた霧のような雨は、雪に変わった。しんしんと降る雪は、大きくふわふわしていて、辺りを白く変えていく。

来るわけないよね。こうちゃんだって、もう家庭があるのかもしれないし。私だって、別れてしまったけど結婚していたんだもん。もう、帰ろうかな。

そんな事を思っていると、真美を呼ぶ声がする。

「真美!」

「こうちゃん・・・。こうちゃんなの?」

真美を呼ぶのは、息せき切って駆けてきた浩志だった。

「ごめん。遅くなってしまって。仕事が抜け出せなかった。」

「本当に、来てくれたの?」

「来るさ。約束したでしょ?」

10年ぶりの浩志は、あいかわらずの姿を見せてくれた。10年分、いい年齢の重ね方をしてきたのが分かる。

「真美はあの頃と変わらないね。すぐに分かったよ。」

10年振りだけど、そんな事は感じさせないほど柔らかい時間が流れる。駅ビルの喫茶店に入った二人は、近況報告をする。

こうちゃんは、変わっていない。あの頃のままの優しくて私を包み込んでくれる人だ。そう真美は思った。

「こうちゃん、結婚してないの?」

「してないよ。ずっと、ひとり。真美は?」

「私、結婚してた。でも、すぐに別れちゃった。やっぱり、こうちゃん以上の人はいないって分かったから。」

「そっか。・・・なぁ、真美。俺たち、またやり直す?」

そう言うと、浩志は真美に小さな包みを差し出した。中にはダイヤモンドが輝くピアス。降りしきる雪と瞬くイルミネーションのようなダイヤモンド。真美は言う。

「ありがとう。とてもきれい。あのね、私、プレゼントに何を用意したらいいか分からなくて。唐揚げを揚げてきたの。チキンでもないんだけど。」

その唐揚げは、付き合っていた頃に浩志の好物だった、真美の唐揚げ。にんにくが程よく効いた醤油味の唐揚げ。

「久しぶりだな、真美の唐揚げ。じゃ、今から俺んち来る?唐揚げをつまみに飲もう!」

「うん!朝まで飲もうね。」

喫茶店を出た二人は、昔みたいに手をつないで歩きだした。降り積もった雪は瞬くイルミネーションに照らされて、きらきらと輝いている。


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