見出し画像

【シロクマ文芸部】花火を一緒に


 花火と手紙をしんちゃんがあたしにくれたのは、夏期講習の最終日だった。いつものように駅を出て、家の近くまでゆっくり歩いた別れ際の時だ。

 「由真、これ」
 「何?」
 「家に帰ってから見て。じゃあな」

 しんちゃんは暑いのに走って角を曲がって行った。取り残されたあたしはしんちゃんに手渡された花火と手紙をカバンにしまうと家まで急いだ。暑さと胸のドキドキで顔がほてっているのを感じていた。

 家の中に入ると、冷蔵庫の麦茶をコップに注いで一気に飲み干した。一息つくと、カバンの中の手紙を取り出した。手紙には『今晩7時に花火を持って公園に来て下さい』と書かれている。今の時刻は午後4時だから、あと3時間後だ。頭の中でこれからやるべき事の時間配分を考えて、まずは汗を流すべくお風呂を掃除した。

 5時を過ぎた頃、お母さんが仕事から帰ってきた。花火に行く事はお母さんには言っておこうと思う。

 「お母さん。7時から公園に行くね」
 「あら、そんな時間に何しに行くの?誰と?」
 「あのね、しんちゃんと花火をするの」

 本当は嘘を吐こうかと思ったけれど、お母さんには正直に言う事にした。しんちゃんの事はお母さんも褒めていた事があったから。

 「そう。しんちゃんならいいわ。ただ、危なくないようにして遅くならないようにするのよ。あなた達は受験生で大事な時なんだからね」
 「分かった。帰りはしんちゃんに送ってもらうね」

 この間買ってもらったばかりの水色のワンピースを着たあたしは花火を手に公園に向かう。ショートカットの襟足を撫でながら、長い髪だったらもっと可愛いんだろうなと思った。高校生になったら絶対に髪の毛を伸ばそうと誓った。

 公園に着くと、しんちゃんはもう来ていてあたしを待っている。あたしは小走りでしんちゃんの所へ向かう。

 「しんちゃん、ごめんね!待った?」

 バケツを手にしたしんちゃんは笑いながら
 「あっついのに走んなよ。俺も今来たところだよ。花火をするには少し早いから、そこで話そうか」
 とベンチを指差しながら言った。

 ペットボトルのお茶をあたしに手渡したしんちゃんは自分もお茶をごくんと飲んだ。お茶が喉を通る時、しんちゃんの喉仏も大きく動いてなぜかあたしは目が離せなかった。

 「今日さ」
 「なんで」

 二人同時に言葉を発し、見事に重なる。思わず二人でくすくすと笑った。これで少し緊張がほぐれたかもしれない。しんちゃんは優しい眼差しであたしの目を見て微笑んでいる。あたしはしんちゃんに聞いてみた。

 「なんで今日はあたしと花火をしようと思ったの?」
 「この前、塾の帰りに海へ行ったのがとても楽しかったから。中学最後の夏の思い出を由真と作りたかったんだ」

 しんちゃんとの間に言葉はいらないのかもしれない。あたし達はどちらも言葉を口にする事無くベンチに座っている。そこを流れるのは、ただただ心地いい時間だった。辺りがほんのりと暗くなった頃、ようやくあたしは口を開いた。

 「しんちゃん、そろそろ花火しよう?」

 しんちゃんは持ってきたバケツに水を入れて、あたしの手を取り花火のできる場所まで歩いた。夏休みももうすぐ終わりの時期でみんな宿題に追われているのか花火をしに来ている人はあたし達以外誰もいない。

 1本ずつ花火を手に取るとしんちゃんが火を付けてくれた。シューっと音を立てる花火をあたしはじっと見つめた。ほとんど会話をする事のないまま花火は次々と美しい光を見せてくれる。小さな花火セットだったので、あっという間に最後の線香花火を残すだけとなった。

 「これで最後だよ」
 「うん」

 カチッと音がして、チャッカマンの火が線香花火に火を付ける。パチパチと光を灯す線香花火がしんちゃんの顔を照らす。

 「由真。俺、由真が好きだ」
 「え?それって……」
 「告白だよ。何回も言わせんな」
 「あたしも、しんちゃんが好き」
 「良かったー」

 しんちゃんもあたしが好きだったなんて。にわかには信じられなくて、何回もしんちゃんを見つめてしまう。すると、しんちゃんは少し悲しそうな顔をしてあたしに告げた。

 「だけど、俺達は受験生だから、今はまだ付き合えない。それでもいいかな」
 「分かった。とにかく、受験がんばろう」
 「ごめん、由真」

 お互い好きだけど、付き合えない。とても悲しいけど仕方ない事だろう。今は受験が最優先だ。この結果で将来が大きく変わってくるかもしれないのだから。とにかく、なんとか受験を乗り切ろう。できれば、しんちゃんと同じ高校に行けるようにがんばらないと。

 「しんちゃん。あたし、今日の花火の事も絶対忘れないよ」
 「俺もだよ。来年も一緒に花火しような」
 「うん!あたし、しんちゃんと同じとこに行けるようにがんばるね!」

 しんちゃんはあたしの髪をくしゃっと撫でた。
 その時、ちょっとひんやりとした風が吹いてあたしのワンピースの裾をゆらした。何となく不安が胸をよぎったのは何だったのだろう。きっと気のせいだろう。初めて告白されたから気が動転しているのだと思った。

 「そろそろ帰ろうか。家の人が心配するといけないから。送るよ」

 しんちゃんはあたしの右手をギュッと握り歩き出す。あたしは受験が終わって春になった時の事を想像しながら、不安を握りつぶすようにしんちゃんの左手を握り返した。

 公園の大きな木にいるであろう蝉がもうすぐ終わる夏を惜しむかのように大きな声で鳴いている。


++++++++++++++

シロクマ文芸部に参加します💛
今週のお題は「花火と手」です。


このお話は、去年の旬杯リレー小説PJさんと書いたお話のスピンオフとなります。
時系列としては、私が書いた『未来の約束』の数週間後となります。

由真としんちゃんは受験生だから好き合っていても付き合えない事になりました。
今の子達ってこういうのはどうなんだろう?
私達の時代はっていうか、私自身は付き合うとかそういうのって雲の上のような話でした。高校卒業するまではまるで男っ気もなかったですしねー。
ええ、ええ。私も昔はウブなお子ちゃまだったのですよww
今?今は知らんがなw

切なくて、最後はハッピーなお話になりました!

PJさんとは「才の祭」の時にショートショートのお誘いを受けた時から親しくさせていただいています!

PJさんって音楽を作ったり、小説を書いたり、神動画を作ったりととにかく多才な方なんです😊


ここでちょこっと告知をさせて下さい!

そんなPJさん、近々企画を始められます⭐

題して『うたすと2』!!


PJさんをはじめとした6名の皆さんの楽しい企画が始まるそうです😆
noteの街でも人気の6名の皆さんが作詞作曲した3曲で創作をするんだそうです。
どんな曲が出来上がるのか楽しみですね😊

企画が始まった日にはぜひ参加させて下さいね!
楽しい企画になるっぽいので、みなさんもぜひご参加を(^▽^)/



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪



#シロクマ文芸部
#花火と手
#うたすと2

この記事が参加している募集

もしも、サポートをして頂けましたら、飛び上がって喜びます\(*^▽^*)/ 頂いたサポートは、ありがたく今晩のお酒🍺・・・ではなく、自分を高めるための書籍購入📙などに使わせて頂きます💚