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月が見ているから【俳句でぽん】


 「あ……。流れ星」
 何気なく見上げた夜空に流れ星が尾を引いている。いつも思っている願い事をとっさにつぶやいた。「また、どこかであの人に逢えますように」それが私のたった一つの願い。

 30年前に私の前からあの人はいなくなってしまった。私じゃない人と一緒になるために。それは悲しく辛い事で、ついあの人を恨んでしまいそうな事もあった。それでも、30年という長い月日が過ぎようとも、片時もあの人の事を思わない日はなかった。

 30年たった私は、考えたくはない事だけど老いを感じる事も出てきた。あの頃みたいな輝く若さときらめきはもうない。結婚もしてみたけれど、どこか虚しく自分を騙しているような気がしている。自分の事も夫の事も騙しながら長い月日を過しているのだろうと思う。

 30年前、あの人と過ごした日々の事は今でもはっきりと思い出す事ができる。

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 昼間はまだ残暑が残るものの、夜はずいぶん涼しくなってきた。空では星が輝きを見せている。私はあの人に腕を絡ませながら、軽い足取りで夜道を歩く。さっき食事をして少しお酒を飲んだ。その酔いのせいもあるのか、私はとてもうきうきした気分であの人のマンションへ向かった。

 空を見上げると、昨日の十五夜から一夜たった十六夜が私達を見つめている。

 付き合って数か月、今日初めて訪れたあの人の部屋。奥に通されてソファに座ると、すぐにあの人も隣に座った。二人見つめ合うと、あの人は私をそっと抱きしめてキスをした。とろけるような、長い長いキス。その余韻に浸った私の視線の先にあった物、それは三日月のモチーフの付いたピアスだった。

 「ねえ。あれは何?」
 私はピアスを指差した。あの人は、少し言葉に詰まりながら言葉を発した。
 「あれは、彼女のピアス。ごめん、君を騙すつもりじゃなかったんだ」

 その言葉を聞いた私は、どうするのが正解か頭をフル回転させた。たぶん、正解はここから立ち去る事だ。だけど、私は間違えた答えを選んだ。
 「私はあなたが好き。今日は帰らない」
 「いいの?本当にいいの?」
 私は大きくうなずいた。世間的には間違えた答えでも、私にとってはこれが正解なのだ。もう引き下がる事ができない程、あの人の事が好きになっていたから。

 あの人に抱かれながら、私は思う。二番目の女でも構わないと。一番じゃないと嫌というプライドをかなぐり捨ててでも、あの人と一緒にいたいと思った。私の事が真っ先に優先されなくても、あの人の存在を心で体で感じられればそれでいい。あの人の重みを受け止めながら、私は快楽に耽っていった。

 私は腕枕をされながら、胸に顔をうずめるのが好きだ。今夜もあの人の胸に顔をうずめながら、甘えてみる。ああ、好きだ、好きだ、大好きだ。体の温もり、抱きしめられる腕の力強さ、全部全部私の体に刻み込もう。
 「そろそろ、寝ちゃう?」
 「え、やだ。まだ眠りたくないよ」
 「明日、起きれなくなるよ」
 「明日はお休みだからいいの」
 私は体を起こして、自分からあの人にキスをした。

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 私とあの人のそんな秘密の関係は2年ほど続いた。私はあの人に彼女の事を聞く事はなかったし、あの人も私に話す事はなかった。あの人に私はワガママをいう事もなかったし、あの人の前で涙を見せる事もなかった。それが秘密の恋をする私の矜持だと思っている。

 今夜は十六夜がきれいだ。そういえば、あの人の部屋に初めて行ったのは2年前の十六夜の日だったなとぼんやり思った。公園のベンチに二人並んで座ると、あの人が温かい缶コーヒーを手渡してくれた。缶コーヒーを握りしめていると、あの人が言った。

 「俺な、海外赴任が決まったんだ。そして、結婚する」
 「え、海外?結婚?どうして?」
 あの人が言うには、彼女に子供ができたらしかった。それに加えて、海外への転勤も決まったらしい。私は全身の力が抜けそうになるのを必死で堪えて、あの人に言った。
 「そう。分かった。お元気で」
 私は、あの人と深い関係になる時に誓ったのだ。あの人の前では涙は見せない。あの人には追いすがったりしない。別れる時は、引き留めない事を。その誓いを守るため、私は物分かりのいい女でいるのだ。

 本当は結婚なんてしないで欲しい。私と結婚して、私を海外に連れて行って欲しい。永遠の愛は私に欲しい。言えない事をグッと飲み込んで立ち上がった。涙もこぼさない様に上を向いて奥歯をかみしめた。

 あの人も立ち上がって、そんな私を抱きしめた。私が強がっている事などあの人にはすべてお見通しみたいだ。涙がこぼれて肩が震える私をさらに力一杯抱きしめる。
 「俺ね、本当に好きなのは君だから。ごめん。謝って済む事じゃないけど。ごめん……」
 「いいの。いつかはこんな日が来るのは分かってたから。私もやっぱりあなたが好きなの」
 「俺の事、月だと思っていて。俺は月になって、いつでもどこでも君を見ているから」

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 流れ星の願い事をして、よく空を見ると月も出ている。昨日は十五夜だったから今日の月は十六夜だ。初めての日も終わりの日も十六夜だった。

 あの終わりの日から、私は毎日月を見ている。この地球のどこかで同じ月を見ているに違いない。あの人は月になってどこかで私の事を見ていてくれている。私はそんな月を見てあの人を一人静かに思う。

 「今夜は月がきれいですね」
 独り言を言いながら、くるりと向きを変えて歩き出したその時、向こうから人影が見える。男の人の様だけど、どこか見覚えのあるシルエットだ。もしかして、まさか。

 「今夜は月がきれいですね」
 カチャン……30年の時を経て、あの時に止まったままの運命の輪が回る音が聞こえた気がした。


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今回、七田苗子さんの俳句でぽんに参加します!

みなさんの俳句でぽんの作品を読ませて頂いて、私もなんか書きたいと思いながら書けずにいました。やっと書けました!
今回、使わせて頂いた御句はこちらの4句です。



君のこといつも見ている僕は月

三十年の想い尾を引く流れ星

まだ眠りたくはないから秋の星

二番目の女でいいのよ十六夜

あずきさん、レモンバームさん、のんちゃさん、てまりさん。すてきな御句を使わせて頂きありがとうございます。

秘密の恋を題材にしたので、もしお嫌なら遠慮なくご連絡ください!

30年の時を経て再会した後はご想像にお任せします。
その場で別れるのか。
ネット(SNS)で繋がるのか。
お互い清算して、今度こそ一緒になるのか。
人生経験を積んだ後に出会った事がどうなるのか。
私にもよく分かりません。
性愛だけじゃない、プラトニックというか心と心の繋がりがより深くなるのかな、なんて思ったりもします。
それは、より純粋で濃厚な愛情の形なんだろうなと思います。
30年という歳月は、長い様でいて短くて、短い様で長い月日です。持続もするけれど、壊れる時はあっという間なんです・・・。

西洋占星術では月はありのままの素の自分を示すそうです。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪

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