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「本人不在の時間に想う」という、趣きのある営み。

わたしは、人にプレゼントをすることが好きだ。「こういうのは好きかな?」「これも似合いそう」などと、相手を思い浮かべながら選ぶ時間がとにかく楽しい。

同時に、人からプレゼントや手紙をもらうことも、とても嬉しい。わたしが目の前にいない時間に、わたしのことだけを考えて過ごしてくれた時間が、その贈り物とともに確かに存在する。

これまで友だちがくれた手紙は、ひとことのメッセージでもすべて取ってある。きれいごとではなく、わたしが一番もらって嬉しいプレゼントは、手書きの手紙だ。

あとは、ばらまきではない、個人的なおみやげも幸せな気持ちにさせてくれる。旅行という日常とは離れた場所でも、わたしのことを思い出して「何がいいかな」と考えてくれたのだと思うと、ものすごくきゅんとしてしまう。

贈り物の背景には、そうした《本人不在の時間》が流れている。

わたしの個人的な価値観としては「欲しいものを一緒に買いに行こう」という確かさよりも、「目の前にいないわたしとともに過ごしてくれた時間」のほうに価値を感じる。欲しいのは、モノよりも思いを馳せた《時間》なのだ。

わたしの場合、なんでもない日にショッピングをしながら「あの人」を想い浮かべていたら、それはもう"好き"が始まった合図と思う。

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