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a moment a dimention

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夢にあらわれた世界をshort storyにしました。
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記事一覧

コムニ   1

苔むした深い緑色の世界、そこがわたしが生まれ育った場所だった。 母が気を付けるよう何度も言った底なし沼、そこでわたしたちは毎日のように泳いだ。母がそう言うのは、わたしがまだ幼い頃に父がオオナマズを捕えようと潜り、毒ヒルにやられて亡くなったからだ。 湿地は毎年のように広がるため、わたしたちグループは度々居住地を移動した。迷路のような樹林はわたしたちを守り、同時に閉じ込めるように、おそろしい勢いで深みを増していた。それでもわたしたちグループは樹海エリアを選んで生きていた。 旧

コムニ   2

沼がまた、地より浮かびあがり深さと広さを増し始めていた。ほとりに立ち、水の色とにおいからその‘様’をわたしはかぎとった。新しく生まれた沼がほかの生命のように判然たる意図をもってどうかたちづくり、どの方向性を持とうとしているのかを知ろうとしていた。 あらゆる生命はわたしに時系列を超えた真なる姿を赤裸々にさらしてくれ、素朴で純然たるその輝きに、わたしはいつも自らを照らし合わせた。 沼との‘語らい’より導き出すべき今回の課題はつまり、集落の移動先だ。湿原の拡大方角を避け、密林濃

コムニ  3

手と手を固く握った。 樹海とゴーストタウンの狭間に立つ高木から、極楽鳥たちがバサバサと飛びたつ。 これが、彼ら、両親と兄との最後だと、わたしには分かった。彼らは変わらない樹海のしげみを背負い、あたかもそれが不変であるように馴染んでいた。しかしそれはわたしにとっても不変であったはずだった。わたしのからだであり、わたしのすべてであった。けれどもそれが別れを告げている。この決別がわたしをどこへ、何へ、押しやろうとしているのか、このときのわたしにはさっぱり分からなかった。 この

コムニ  4

何日歩いただろうか。 ビル骸に生態を成している特殊な動植物に寄り添い、休みながら、じゃりつく歩みをつづけた。 地図を持たず行き先もあいまいながら、いつしか最初に思い描いたひかり背負うあのひとの影だけが、たしかな道の指針となっていた。 そしてもうひとつ、見上げる星々の地図がこの宇宙における場を示してくれ、こころを保つことができた。いつだっただろう、高い樹頭から顔を出し、アニに初めて星々を見せてもらったときの衝撃を思い出していた。身近にあった樹海の世界とあまりに真逆だったから

コムニ  5

どこまでも広がる骸となってしまった家並みを過ぎ、トラムはスピードを上げ新都市へ向かう。形骸のみの旧都市は長い時放置され黒々と静まっている。その広大さに比べ新都市は小規模で、消失した世界との人口の差を語っていた。 都市といえども寄せ集めの建造物群で、新たな都市計画に基づくというよりも、有り合わせのライフラインでしのいでいるといった途上段階が続いているのであった。 ただしトラムの乗客たちの表情には、時代の激しい移りによる疲れこそ表れていたかもしれないが、未来へ向かう聡明なひかりが

コムニ  6

日々はしごく単調なものとなっていた。 朝は完全シャットインの暗闇の小部屋に目覚める。ウィンドースクリーンのスイッチを押すと、いかなる季節であっても朝の太陽が地をわずかにのぞいた角度の光線にさらされた下層界の光景が見えた。そしてぼくは ‘ ああ、また生まれたんだ ’ と感じるのであった。 夜は深く、どこまでも深く、意識を持っていかれそうでこわい。とくにそこに漂うかつてHISTO-VISIONで見せられた深海魚のような姿の船を見るときは。もちろん宇宙線ブロックのためのスクリー

コムニ  7

薄暗く広大な講堂の壁は液状ガラスになっていて、目下には新都市の全貌が確認できる。光景だけではなく都市内のすべてのエリアにおいて、どの№のストリート、裏路地にいたるまでモニターできるスクリーンが備わっていた。男は冷たい暗がりからその空間とは比率的に不自然なほど狭いドアをくぐり、階段をぐるぐると産道を通るように風のあたる踊り場へと出た。 ひかりに細めた目の灰色の虹彩は崩れたように淡く大きく、遠くまで続く乾いたストリートを一望する。 男は名をテジロといった。 彼の目はその情景に、

コムニ   8

彼女がその都市の内部へ組み込まれていったとき、初め、人間の影の異質さや集合建造物の奇妙さにみとれ、己との違いとして境界が明瞭に認識されていたが、日々無目的に歩むにつれ、次第にその境目は薄れ、影に馴染み、異質で奇妙な光景に同化していった。明白な精神は、この旅を推し進めていたちからは薄れ、周りの影と同じくどんよりと、盲目に変わり果てていった。 旅のあいだにすり減り、役に立たなくなってしまった靴や、防御反応のように全身を隠したストール姿が、あたかもこの世界でよく見かける(そういう

コムニ    THE END

目の前に差し出された手を、その行為の意味以前にただひとつの不可思議なモノとして、しげしげと眺めていた。白っぽい、乾き気味のやや不健康な大きな厚い手。でも相の筋が深く、頼もしくも感じられ‘ ありふれた ’と表現したいくらい、どこか馴染みのある手だった。 わたしは気づくと座り込んでいた。  小雨が降っている。 目の前の手の先を目で追うと、フードに隠れて影が濃くなった顔がやや強張った表情でこちらを見ていた。彼自身がその行為に戸惑っているようだった。 自然に手を伸べ、その手を取

星の終わりに  (夢からのはなし)

きざしはもう  見えていた。 空は厚い灰色の雲が一面にとぐろを巻き、生き物の生息地を一日一日飲み込んでいた。小さな芽吹きは草地をはぐくむ間すら与えられずにもみ消され、嵐は続いた。 太陽を見ないときがどのくらい続いただろう。 生き物のほとんどは死に絶え、残ったものたちは岩陰に身を潜め、そのいのちを耐えていた。 人間は、嵐とともに消えていったもの、自ら悲観して終えていったもの、生き残れど本能が占めてしまったもの、、、生き、強いられた忍耐をもって思考力を保っていられたものは

あの空の青へ

真っ黒な雲が降りてきて  山を隠し   心細げに見やる窓の外 雨風が渦を巻き 街すらも姿を消した 雷は狂暴な龍となって飛び交い 幾筋も地に飛び込んでは轟き 押し寄せる土色の川は殺気をこめ 流しつくさんばかりに迫る 朝の光景 それでもこの目は さっき見せつけられたあの青に囚われていた 港 どこまでも深く宇宙へ降りてゆくような 空の青 それに溶け込む月が見ている あたりの空気にすら生気が満ち 風が立ち どこまでも軽く  透明になっていった 雲が水晶のような

リトルラゥム 1

1 ヤナの父が地球政府機関アジア支部のある北京に派遣されていたとき、合格通知が届いた。 未だ十代に入ったばかりの彼女に大学入学は早いようだったが、ますます多忙になる彼にとって手の焼ける娘がやっかいだったのであろう、幼少からの彼女の際立って高い知能への信頼もあり、彼の斡旋は通ったのだった。ヤナにしてもそろそろここでの生活に飽き飽きしていたところだったため、互いの思惑は一致し、月への旅立ちが決まった。 たとえ大都市といわれるところであれ、地上の小さくまとまろうとする性質がヤ

リトルラゥム 2

3 ある日、サム、操縦デッキ管理担当ペアの生徒であり別のクラスではマーシャルアートの教官でもある彼と、いつものようにシステムチェックをしていると、窓の外、漆黒の宇宙空間に小型船が異様な角度で通り過るのが一瞬見えた。様子がおかしい。ふたりが窓のそばに駆け寄ると、船は灰色の煙の筋を引いていた。学校校舎から離れた高原に落ちようとしている。 「不時着よ!」 ヤナは叫んで小柄な彼女には大きすぎる全身スーツをざっとまとうとすぐさまモーターバイクに飛び乗り、サムも慌てて続いた。校舎を

ひとのゆめみのちからともりしとき

いつだったかはるかむかしのこと。ひとの、星々の民とこのそらをともにしていたときのこと。 世の混じり乱れたときも終わり、しずかなしずかな時代の明けようとしていた。 夜明け前の空の青は濃く、やわらかく、星々はありありとその存在を無言で輝かせていた。 森で築いてきたこれまでのあり方そのすべてを失い、部族の民もその大方を亡くし、新しい時代を前にただぽかんとひらけた自由だけがあった。 のこった女たちはかましく、たがいにかたときも離れないほどだったため、気の細く無口な青年は居場所