蒼い砂漠の少年とモロッコ

真っ白だ。白い闇で覆われて、かろうじて進むべき道がうっすらと見える。

ぼんやり現れる木々に目をこらしながら、霧の中、1200標高のスイスアルプスの中を歩く。

自粛中で、気が付いたら毎日、野生のウサギ、子鹿、ロバなどに会う事が多いのだが、この霧の中じゃ何も見えない。

黙々と白い闇の中を歩きながら、エッサウイラーの夜の出来事を思い出す。


モロッコのとある町、私は現地で買った真っ白い絹の肌触りの良いパーカを頭からすっぽり被り、夕方、太陽が少し昼寝をし始めた頃に、大きな吹き抜けの天井に螺旋階段があるリヤドの重いドアを開けて、外に飛び出す。宿から海まで小さな坂道を下っていく道中に広がる香辛料の匂い、沢山の見世物店から時折溢れ出すコトバ、モスクから鳴り響くお祈りの時間それらを走りながら通り過ぎる。時には、そこで見事に捕まっているポーランド人の女友達を客引きの男から、笑顔で引き剝がしながら。

日課になった海でのジョギングを終えると、一軒のキオスクに立ち寄る。その小さいキオスクのカウンターには一人のおじさんがいつも出迎えてくれて、カウンターの裏でコーヒーをいれて貰った。小さなテレビが付いていて、アラビア語が流れ、それをぼんやり見ながら、ポツン、ポツンと何かいつも会話をしていた。

キオスクにやってくるのは、ほとんどが男性でそこでは、パンやらサンドイッチやら牛乳やらも売っていて、そういった物がよく売れていた。私がひょっこりカウンター越しにいると、装束を被った人達は内密な感じで軽く会釈と笑顔で挨拶をした。コバルトブルーの装束に身を包んだ男の子の優しげな瞳だけが時折交差した。

モロッコにやって来たのは、それが最初だったから、私はそのキオスクのおっちゃんに宗教、文化等も色々教わった。しばらく住むには、地元の人と仲良くなるのが手取り早い。観光客でないと分かると、良い意味で放っておかれて、過ごしやすい日常がやってくる。

とある夜、彼女が言った。夜遊びがしたいと。こんなに広い宿で何不自由なく篭って仕事をしているのだが、煮詰まってとうとう外の空気を吸いに行こうとなった。同僚の男達は、行って来い、行って来いと無責任な掛け声だ。

夜の町はしんと静まり返っていた。

ここに女ふたり。どうしようか。。

何処へ行くの?

キオスクのおっちゃんに取り敢えず、声をかけようとした矢先に声をかけられた。20代半ばな感じのカジュアルな着こなしの男性。よく見れば、昼間に会うあの青装束の青年だ。

ちょっと夜の散歩に行こうかなって。

え?女の子だけで、危ないよ。

やっぱり、そりゃそうだよな。日が暮れれば、観光客がいっぱいいる場所ならまだしも、女性は人っ子歩かない。

一緒に付き合うよ。

数歩先のキオスクで静かに見番してくれているおっちゃんに、ねえ、この子と一緒に出かけても良い?と声をかける。

その子なら大丈夫だ。俺が保障しよう。

ニッカリと笑顔になったこの青年は、ちょっと待ってて、もう一人連れてくると、すぐに相棒を連れて来た。

誰もいない静かな坂道を降りながら、ヒソヒソと話をする。彼らは、時折、周囲を見渡しながら、一軒のバーで飲み物を調達してくれた。観光客用のバーなどを除けば、普通のバーには女性は入ることが出来ない。やはり思ったよりも夜は危険で、レイプやら犯罪やらは多数あるらしく、一人が私達の騎士となり、一人がワインを買ってきてくれた。

青装束の騎士達は、若いのにしっかりと女性を守ってくれている。目の見える範囲に馬に乗った警察官がいるのを確認してから、私達はだだっ広い海の波を聴きながら、砂漠に座って宴を始めた。

今は青い装束じゃないのね。

僕は、砂漠の人間だからね、ここでは余所者なんだよ。あれは僕の所の装束だから、夜に着て出るのは危険なんだ。

初めて聞いた砂漠の人間。。ベルベル人。遊牧して暮らしているらしく、途中でこの町に数日いるだけらしい。

ずっと砂漠で生きてきた少年。

言葉の読み書きは、観光客から教えてもらったんだ。

随分と流暢な言葉で喋る。しかしベルベル語はさっぱり分からない。日本語と交換しても、彼らの方が数倍記憶力が早い。

もうすぐ出発するんだ。一緒に来るかい?

僕がサハラ砂漠を案内してあげるよ。

そうか、よく考えたら、ここはアフリカ大陸。砂漠の近くなのだ。

海の心地よい波の音と、異国の民族言語で本当に幸せそうに歌う彼らはそれは綺麗で、明け方までワインのビンを片手に楽しい夜だった。

あのまま、サハラ砂漠まで行ってしまえば良かった。

白い雲が舞い降りたようなこの暗闇の中、ふと、砂漠の風に吹かれてラクダと移動する彼の姿が浮かび上がった。

今宵も、満点の夜空の下で、砂漠であの不思議な民謡を歌っているだろうかと。






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