見出し画像

「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第14話

「あの夜、香港のスナックで、私たちがキスをしているところ、現地法人のの日本人駐在員に見られてたみたい」

十和子がそう言ったところで、添好運レストランの店員から、店内のテーブルが空いたことを告げられた。ふたりが店内に入ると、多くの人が、楽しそうに会話をしながら食事をしている。そして、すぐに窓際のテーブルへと案内され、ふたり向かい合う形で座ると、十和子は事前に記載した注文票を店員に渡した。

「まるで、香港にいるみたいね」

賑やかなレストランの店内を見回しながら、そう言った十和子の声に、吾朗は頷きながらも、先ほどまで聞いていた話しの続きが気になっていた。

「それで、さっきの話しの続きだけど・・・」

身を乗り出すように問いかける吾朗に対して十和子は、自分たちふたりの関係がただならぬ不倫関係であることが、帝国通運が設立した香港現地法人に勤務する日本人駐在員の間で、またたく間に噂として広まったことから、十和子はある人物に、その後の身の処し方をある人物に相談したのだと話した。その相談相手は、当時、香港現地法人の社長をしていた仲城である。

「仲城さんには、離婚や妊娠のこと、すべてを隠すことなく話したの。そうしたら、まずは産休を取得して、日本の両親のそばで子供を産んで、その後、落ち着いたところで先のことについては、ゆっくり考えればいいって」

「その人って、香港の現地法人社長をした後、日本に戻ることなくカナダの現地法人社長をして、今は本社で副社長をしている、仲城さんだよね」

吾朗は、そう言いながら、現在の上司である専任部長の仲城のことを思い出していた。彼は、仲城副社長の息子で、いわゆるコネ入社である。そのためか、入社時からエリートコースといわれる本社の管理部門を渡り歩いてきたのだった。

「ええ。仲城さんは、私が日本で子供を産んだ直後に、香港の社長からカナダの社長へ異動になったの。だから、その年末に出産報告もかねて仲城さんへ年賀状を送ったの。産休が終わったら、香港の現地法人を辞めようと思っていることや、日本で仕事を見つけてシングルマザーとして頑張るつもりだってことを書いたら、カナダでコンサルの仕事を紹介するから来たらどうかって、返事をくれたのよ」

そして十和子は、まだ幼い亜矢子を連れてカナダへ渡り、世界的に有名なコンサルタント会社へ就職した。それは当時、カナダで現地法人の社長をしていた仲城が、懇意にしていたアメリカ本社の老舗コンサルタント会社と会食をした際の会話に端を発していた。つまり、そのコンサル会社が、カナダに進出している日系企業との新規コンサル契約件数を増やすため、日本人女性で、しかも有能な人材を求めていることを知ったからである。

ふたりが向かい合うテーブルには、すでに多くの丸いセイロが並べられている。その中からは、多くの点心が熱い湯気を立てながら、食欲をそそる香りを放っていた。

しかし、吾朗と十和子は、そんな点心を眺めながらも、いまこの時点では、これまで胸の内に秘めていた想いを、言葉にして伝えあうことに夢中になっていた。

第15話へ続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?