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真夏の護摩法要 高幡不動尊
真夏の頃だと言うのに、29℃の正午過ぎ。
過ごし易い陽気に誘われ、川崎街道を西に自転車で下る。
日野の高幡不動尊をぶらり参詣。
創立は平安初期。成田山新勝寺と並ぶ、関東三大不動尊の一つだ。
境内を参詣し終えた頃、丁度「護摩法要」の始まりを拡声器が告げる。
こちらサンダル・Tシャツ・短パン姿。
一瞬躊躇うが、十四世紀建造の不動堂の風格と、お堂のオープンスペースを吹き抜ける涼やかな風に誘
梅雨明け間近の夜明け頃
日曜朝4時の多摩丘陵。
雲雀の囀りが少し離れた低い空で小さく聞こえ始めた。
やがて雲雀は群れをなし、低くなり、近くなり、ピーチクパーチクとスタッカートを効かせながら息もつげないほどに忙しく喧しくなる。
「おはよう、朝だね、今日も頑張ろう」とでも言い合っているのか?
遠く高くの彼方では、烏がカーー、カーーとひと鳴き、ひと鳴き、長く、長く、自らの声で空を楽器に奏でるかのように巣
「青岛またはQingdaoにて」
中国のかかる広大な大地と悠久の歴史の中で、この青島が世界史の表舞台に初めて登場したのは実に19世紀末である。
日清戦争後の下関条約で日本が清国に遼東半島の割譲を迫ったのに対し、共に清国に対する覇権でしのぎを削ぎながら露わな領土割譲要求は控えていた独仏露の三国は日本の動きに強い危機感を持ち、激しい干渉の結果日本に下関条約から遼東半島割譲を削除させた。歴史に言う三国干渉である。
さても二枚
過渡期を揺蕩う社会の度量
希代のエッセイスト山口瞳さんを読んでいる。
過日ペンタゴン・ペーパーズを観た時もそうだったが、セクハラもパワハラもワークライフバランスなどという言葉も存在しなかった頃のことをまざまざと思い出さされる。
今は不条理が社会の片隅に追いやられ明るい時代になったと感じ入る一方、逆説的に息苦しい時代にもなったと辟易している向きはたくさんおいでだと思う。
僅か3、40年、建前は大きく変われど
なだれ坂の粋な居酒屋と固定観念のこと
かつて日本IBMと六本木プリンスがあり、今は地上40階の六本木グランドタワーがそびえ立つその辺り。
当時解体が始まったばかりの旧六本木プリンスの近く、なだれ坂入り口の「粋な居酒屋」竹やん。ここの豚キムチ定食は昼休みのサムスン社員たちを魅了して止まなかった。
ある日の女将との会話。
女将 「アラ、今日はサムスンさんお一人?」
オトーサン 「あ、はい。」(ボクはサムスンさんと言う名前じ
老母の京都花見行きと地下鉄の中国人
ちょっといい話。
一昨年の4月初旬。
今年はもう87になる母が大阪の女子高時代の同級生とふたりで京都に花見に出かけた。
桜は満喫したがあまりのたくさんの外国人観光客に面食らいながら大混雑の中を5時間ばかり歩き抜け疲れはてた。
京都駅を目指してとりあえず見つけた駅で地下鉄に乗ったが満員だ。
年寄りふたりに席を譲る人もいない。しかもふたり共に久しぶりの京都で知らない地下鉄路線に乗った
若き日の京都人明治天皇と聖蹟桜ケ丘
「春深き山の林にきこゆなり今日を待ちけむ鴬の声」 明治天皇(1884年、明治17年)
聖蹟桜ヶ丘に住んではや四半世紀をゆうに過ぎた。
「おしゃれな駅名ですね!」と何度か言われたことがあるが、聖蹟桜ヶ丘は郊外住宅地開発のブランディング的な駅の命名ではないようだ。
駅が関戸駅として開設されたのは1925年(大正14年)。聖蹟桜ヶ丘に改名されたのは、1937年(昭和12年)。
その7年前の
赤目四十八瀧心中未遂的尼崎追憶
「赤目四十八瀧心中未遂 車谷長吉」
先日帰省時に行った赤目四十八瀧の写真をFBに上げたところ、Tさんにご紹介頂き本日読了。
意外に重いテーマの一冊だったが、ふとこんな過去の経験を思い起こさせられた。
題名は赤目四十八瀧が入ってはいるが、物語の舞台は阪神尼崎。
阪神尼崎と言うと、関西では「アマ」と呼ばれる少し特別な場所だ。
学生時代、そのアマの中でもかなりディープな地区の病院で
春という人生の波止場
中央線の列車の中。
元気いっぱいスタジャンの袖を肘までたくし上げたかと思うと、今度はバッグから取り出したピカピカのSuicaを目をキラキラさせて見つめる少女がいた。
大学か専門学校の新入生に違いない。
俳聖芭蕉翁は「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」と奥の細道に書いたが、春という年度末から年度始めの今の季節はさしずめ人生の波止場のようだと思う。
春には旅立ちと別
流氷に会いに行った少年
大学1年の終わった春休み。
ふたり部屋の学生寮でルームメイトだったH君が突然失踪した。
「流氷がみたい。」
それが最後の呟きだった。
富山県の小矢部と言う町の出身で、実に実直な男だった。
グリークラブでテノールをやっていて、喉を守るため、必ずタオルを首に巻いて寝ていた。反面、剽軽なところもあって、心を和ましてくれるルームメイトでもあった。
ご両親が藁をもすがる思いで、手がかりを探しに寮
ある春の日の世界の亀山素描
世界の亀山。ある春の日の昼下がり。
ここ亀山駅はジェイアール東海と西日本の境界駅だ。
東海側の名古屋発快速列車が20分ほど遅れて亀山駅ホームに滑り込む。
西日本側の亀山発京都府の加茂行き列車は待ち合わせる素振りさえ見せず発車済みで、次の乗り継ぎは1時間先だと駅員が乾いた声で坦々と告げる。
急ぐ旅でもない。3月も半ばで寒さも和らいでいる。ゆったり待つかと覚悟を決めると改札の先で罵