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#109草刈りの輪。

ある日の午前中、買い出しにでも行くかと家から出てみると、

「わあ、草が…ボー、ボー、ボーだ!」

社宅の周りの草たちが、我も我もと丈を伸ばし、あたり一面草野原状態です。暑さに弱い人間とちがい、植物たちの生命力の強さには驚くばかり。そろそろあれの季節だなと思っていたところ、テル坊から御達しがありました。

「今度の土曜日に、また草刈りがあるってよ」(テル坊)
「はーい」(わたし)

今暮らしている社宅では、年に二回、同じ棟に住んでいる人たち総出で草刈りが行われます。夏が本格的に始まる前と秋の終わり頃です。草がのびきった状態の時に作業をすることで、夏場は虫が大量発生することを防げるし、冬場も快適に過ごせるからなのでしょう。

棟が5つあるので、どこの棟から作業を行うかは班長さんのくじ引きで決まるようです。昨年は7月半ばが草刈り日だったので、バテ気味で働いた記憶があります。

今年は早めで六月の最終土曜日に実施されることになりました。わあい、わあい。

草刈りの道具は使い勝手のよいものが揃っていて、主に男性たちが電動の草刈り機でそこら中の雑草を刈り取り、女性たちがそれを熊手でかき集め、リヤカーにのせた大きな袋に入れて、ごみ収集の場所までえっちらおっちら運んでいきます。

一見、草刈り機を使う人の方が重労働のように見えますが、実はリヤカーを引っ張って何度も往復する女性たちの方が大変なのではないかと、心の中では思っています(でも機械を使うのは怖いですし、下手な使い方をすると肩を壊しそうなので、わたしはリヤカー組に甘んじています)。

わたしは草刈りが好きです。今のわたしにとって、家族以外の人と一緒に働ける貴重なチャンスだからです。普段会っても、軽く会釈しあうくらいしか交流のない住民たちが、力を合わせて働いていることになんだかワクワクします。

面白いのは、人それぞれの働き方の違いを間近に観察できることです。手際よく仕事をこなしていく人もいれば、同じ場所にじーっと留まって、働いているのかいないのか、分かりづらい人もいます。多くの人が黙々と作業をしているのに、楽しげにおしゃべりしている奥さんとそれに付き合っている奥さんもいます。いろんな人がいるのに、二時間ほどの作業で、社宅の周囲はきれいになっていく、その事実もまた面白く感じてしまうのです。

「どうですか、この辺りの生活には慣れましたか?」
半年前にお喋りした内容を覚えてくれている優しい奥さんが、声をかけてくれます。
「はい、お陰さまで。すごく暮らしやすいです」(わたし)
誰かに気にかけてもらっている小さな喜びを味わえることもあります。

かく言うわたしも、隣人のことをあれこれと観察しています。

(◯階の美人の奥さんは、やっぱり今日も来てないのね)

わたしが密かにチェックしている美人さんは、決して草刈りには出てこられません。なんだかそれもちょっと楽しく感じられてしまいます(「いいよ、いいよ、あんたは美人なんだしさ」とちびまる子ちゃん風に思ってしまうわけです)。その方のアフロヘアの旦那さまは、遊び人かと思わせがちな見た目の割に、仕事が早く周囲に目が行き届く方で、女性たちがもたついているとツーっと寄って来て助けてくれます。

(となりの奥さんは、また一人で参加されてるぞ)

お子さんがまだ小さいお隣りさんは、旦那さまが家で子どもの面倒をみておられ、小柄な奥さんが一人で参加されます。おっとりした雰囲気の女性ですが、芯のしっかりた方なのでしょう。

いろんな家族が同じ棟のそれぞれの部屋に住んでいて、日々の暮らしを営んでいるのだなあと、当たり前といえば当たり前のことを、わたしは作業をしながら想像します。顔はある程度覚えたものの、ほぼ名前も知らない人たち、来年また引っ越したらもう会えなくなる人たち。でも今はこうして一緒に草刈りやってるんだなあと。

みんなで働くってやっぱり楽しいことなのです(作業が終わった後に、ご褒美のお茶とビール缶をいただけることも喜びを倍増させてくれます)。

さて、その日の夕方、晩御飯のおかずでも買いに出かけるかと家と家を出てみると、
「わあ、草が…チョボ、チョボ、チョボだ!」
なんだか、清々しい気分です。





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