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新しい先生。

ざわざわ、がやがや。子どもたちのにぎやかな声が、二年二組の教室の外までひびいています。それもそのはず、今日は三学期の一日目。みんな友だちに会えたうれしさで、興奮しているのです。

キーンコーン、カーンコーン。

チャイムの音と同時に、校長先生がやってきました。
「皆さん、しずかに。ウサ子先生が、急きょ病気でお休みされることになりました。代わりに、今日から新しい先生に来ていただくことになりました」

えええ。やだあ。不満げなつぶやきが、あちこちから聞こえてきます。と、前のとびらが開いて、ドシン、ドシンと大きな体つきの男の先生が入ってきました。
「ええと、おっほん。では紹介します。カメ田カメ吉先生です」
「…」
カメ田先生はだまったまま、頭をちょこんと下げてあいさつしました。
「先生は、とても優秀な方です。皆さん、先生と一緒にたくさんお勉強してください」
校長先生はそれだけ言うと、ハンカチでちょいと口元をふいて、そそくさと教室を出ていきました。

休み時間、子どもたちが教室のすみで、何やらひそひそ話をしています。
「なんてでっかい甲羅なんだ」
「あんな大きな体で、よく歩けるもんだ」
「ふみつぶされたら、足の骨が折れちゃうよ」
みんな好き勝手なことを言っています。

先生は聞こえているのか、いないのか、口をへの字に曲げたまま、机に座って仕事をしています。新しい先生がやってきたと思ったら、うさぎではなくカメだなんて。子どもたちは複雑な気持ちです。
「先生、ちゃんとしゃべれるのかな」
「体育の授業できるのかな」
なんだか妙に心配です。

いざ授業が始まると、子どもたちの心配は本当のことだと分かりました。先生は字がとても下手なうえ、声も低くてボソボソしゃべるので、話が聞きとりにくいのです。どんなに長い耳をピーンと立てても、ほんの少しの物音でかき消されてしまいます。おかげで授業中、教室はシーンと静まりかえっています。

先生は寒さに弱いので、一日中茶色のマフラーをしています。「コレ、カイテ」黒板の字を子どもたちに書かせながら、先生はすぐに居眠りしてしまいます。体育の授業は立ちんぼで、「ハシレ、ハシレ」と旗をふって応援するだけです。子どもたちはとっとこ、とっとこ、ひらすら運動場をかけ回ります。

先生が唯一元気なのが、給食の時間です。
「ノコッタオカズ、ゼーンブ、タベマス」
そう言って、残り物を大きな口でぱくりと飲み込みます。

カメ田先生は、子どもたちが何をしても叱りません。いじめっ子も叱らない、宿題を忘れた子も叱らない、給食を残しても叱らない。だまってへの字の口のまま、じーっとその子の顔を見つめるだけです。
「…ごめんなさい、もういじめません」
「明日は宿題やってきます」
「今度は給食、残さず食べます」
子どもたちが反省すると、先生は
「ヨロシイ、デス」
とだけ言って、その子の右手にマジックで、絵を描いてくれます。

「なあに、これ。メロンパン?」
「…イヤ、カメ印」
少し線のゆがんだ、かわいらしいカメの絵を見ると、子どもの心は和み、自然と優しい気持ちになるのです。

節分の日がやってきました。鬼の役を決めなくてはなりません。
「お前なれよ」
「そっちがなれば」
「あたしは嫌よ」
だれも鬼になりたくありません。先生は話し合いをみんなに任せ、いつものように居眠りを始めました。

「ジャンケンで決めよう」
「遅出しするやつがいるから、やだ」
とうとうけんかが始まりました。

「叩いたな」
「お前こそ噛み付いただろ」
「うりゃあ!」
「イッター、蹴ったなあ」
みんなで団子になって、大騒ぎです。

「ヤ、ヤメナサイ!」
目を覚ました先生が、子どもたちを止めようと、慌てて走ったものだから、ド、ド、ド、ドッシン。転んでひっくり返ってしまいました。

子どもたちはハッとして息を止めました。首をのばし、手足をバタバタ動かしても、先生は元に戻れません。はあ、はあ。呼吸も段々荒くなっていきます。

「みんなで先生をおこすぞ」
子どもたちは甲羅の下に入りこみ、力を合わせて押し上げました。

よいしょ、こらしょ、なんのこれしき、えっさかほい。

元気なかけ声が、教室中に響きます。ゴ、ゴ、ゴットン。先生は大きな音と共に元通りの姿に戻りました。先生は目をゴシゴシこすって、にっこり笑ってみせました。

「カメ田先生が笑った!」
「先生が喜んでる!」
どれどれ、見せて見せて。子うさぎたちは、先生の顔の前に鈴なりになりました。
「ミンナ、アリガト」
先生が、お礼を言いました。

ようやく豆まきの準備が整いました。司会の男の子が「豆まきを始めます」とあいさつすると、
「ワルイコ、イナイカ!」
恐ろしい声がして教室のとびらがあきました。金棒を持った緑鬼のカメ田先生がお面を被って入ってきました。子どもたちは目をキラキラさせて、手にした豆を勢いよく投げつけます。

「鬼は外。福は内」
「ワー、タイサン、タイサン!」

先生は、今度は転ばないように、ゆっくりゆっくり、走っていきます。どうやら二年二組に潜んでいたケンカ鬼は、先生と一緒に逃げていったようです。




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