見出し画像

#98耳のいたいおはなし。

前回にひきつづき、これも18年前に書いたエッセイです。その頃、娘のミドリーは保育園に通っていました。当時はまだ離婚しておらず、夫は単身赴任中で、わたしと息子のドラちゃん、ミドリーの三人でほそぼそと暮らしていました。ミドリーは絵本が好きで、保育園で毎日読み聞かせをしてもらっている影響もあってか、ひらがなも自分で覚えました。

二人の子どもたちは、小さいながらも、それぞれに「自分の家族」について考えていたようです。そんな時に聴かせてもらったミドリーの小さなお話が、母親であるわたしの胸にグッとこたえたという内容です(この数年後、わたしたち夫婦は結局、離婚するという結論を出しましたが)。

  ******

娘がおりがみを2枚、セロハンテープでくっつけて、裏の白いほうに何か書いている。その後「おはなしつくったから、読んであげるね」とわたしの元へやってきた。夕食後、のんびり一人でコーヒーをすすりながら「うん」とうなづき、聞き耳をたてる。

題名:ばあべきゅはたのしいな

あるひ。ひろきくんとゆみちゃんとゆみかちゃんとたろうくんがいました。あるひよにんでひろきくんのおおちで、ばあべきゅうおしました。おなべのなかにはぴーまんとねぎともやしとおにくおいれました。いちばんはじめにひろきくんがたべたのはおにくおたべました。ゆみかちゃんはぴーまんおたべました。そしてたろうくんはねぎとおにくとぴーまんともやしおたべました。そしてゆみちゃんはおにくおたべました。よにんぜーいんとってもおいしーてゆいました。のでひろきくんのおとうさんがうれしそうなかおおしていました。おしまい

うおー。わたしは自分の心の中に、けっこうぴりぴりする悲鳴を聞く。今日、保育園で友だちのだれかがバーベキューの話でもしていたのだろうか。娘はそれを聞いて、うらやましく感じていたのだろうか。彼女の想像のなかでは、バーベキューとおなべがごちゃ混ぜになっているんじゃないだろうか。そして、おなべのなかにピーマンまで入っているのは、わたしが手抜きをして、おなべも焼肉も、夕食のメニューにほとんど登場させないせいだろうか、等々。娘は自分のおはなしの出来栄えに得々とした表情でうなづいている。読み上げたあと、おりがみを大事そうに四角におりたたむと、自分の部屋へと戻っていった。

真夜中、目を覚ましたわたしは、むすめたちのめくれ上がった布団をよっこらしょと掛けなおし、しずかな寝息を確認してから、そっと子ども部屋へと足を運ぶ。あった、あった、水色と紫色のおりがみのおはなし。紙の端から端まで、きっちりと定規で線をひっぱっている。まっすぐに伸びた鉛筆のラインの上に、伸び伸びとした字がならんでいる。4人の名前の一等最後はおにいちゃん。今の彼女にとって、おにいちゃんが大事な存在なんだなとしんみりする。

単身赴任でいないパパが最後のシーンで登場。今のくらし。母子三人で、山あり谷ありの日常を、ここ最近ようやくこなしていけるようになった。わたし自身、以前より少しは笑顔も増えたと自覚もしている。とはいえ子どもたちの小さな瞳に、この日常がどのように映っているものなのだろうと改めて問いかけられたような気もする。

彼女の小さなお話は、みみのいたいおはなしだった、よ。





最後まで読んでいただき、ありがとうございます。サポートしていただけるなら、執筆費用に充てさせていただきます。皆さまの応援が励みになります。宜しくお願いいたします。