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【読書録】『神様のいない日本シリーズ』 著:田中慎弥

開幕が危ぶまれたプロ野球も、なんとか終盤にさしかかり、日本シリーズの時期がやってまいりましたね。

私はヤクルトスワローズのファンなので、今日からの東京ドーム三連戦で、ジャイアンツの胴上げを目の当たりにしなきゃならんのかと涙しております。ヤクルトが3連勝すればいい話なんですが。(ってここで3連勝できるくらいなら最下位になんかおらんわ!)ま、最近、ジャイアンツも結構嫌いじゃないんでいいです。

日本シリーズつながりで読書録をひとつ。

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『共喰い』で第146回芥川賞受賞の田中慎弥さんの受賞前候補作の一つ『神様のいない日本シリーズ』。

野球チームでいじめに遭い、野球をやめると自室に閉じこもってしまった小4の息子へ、扉越しに語り続ける主人公。

息子がいじめられた原因は、妻とふたりで名付けた香折(かおり)という少女のような名前。そして息子にとっては祖父にあたる“あの男”のこと。
“あの男”、主人公の父は家族の生活のために野球をやめ、バットで豚を殴り殺し、だが野球賭博におぼれた挙げ句家族を捨て失踪したという。


物語はお終いまでずっと主人公の独白のみ、途中から、息子が本当に扉の向こうに存在しているのかさえわからなくなる。

語り口調も、繰り返しが多く独特で、読みやすいとは思えなかったが、1958年と1986年を語るためのやけに詳細なプロ野球の描写に昔の記憶を刺激され、おかげでなんとか最後まで読み進められた。

この小説を読んだ際に、2012年11月22日の朝日新聞朝刊「おやじのせなか」という連載の中で、田中慎弥さん自身のご自分の父に対する思いを綴られた記事があると知った。この連載コラムをご自身のブログに引用されている方がおり、読めたおかげで私にはこの小説が非常に印象深いものになった。

田中さんの父親は田中さんが4歳の時、休日に草野球をしていて倒れ、そのまま亡くなったのだという。

父は、私という子を得て死にました。私は独身ですが、結婚して子ができると死んでしまう気がするんです。男は、雄(おす)としての生殖能力を使い果たして死んでいくのだろうと、30歳を過ぎたころから常に思っています。それから、野球をすると、それこそ死んじゃう

https://ameblo.jp/lovemedo36/entry-11411546130.html


物語の中ではこの記事にあるような著者の、父、子、そして野球と死への観念が色濃く反映されていると感じる。

“あの男”が豚を殺し、自分が川に投げ捨てたバット、野球をやれとかかれた葉書、体の大きな母、川、1958年と1986年の日本シリーズ、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」、香折という名の少女。これら様々なものを通して主人公は息子に語り続ける。

そして扉越しに息子へ「野球を続けろ」と言う。自分も父も野球を選ばなかったにもかかわらず。

それは私には、今、生きるもの、である息子へ、そして自分自身への、か弱いけれど必死で心優しいエールに思えた。

父と息子の血の連鎖。そして生きるものと死んだものつながりについて。そんなことを様々に思い描くことができる小説だと思う。



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こちらは、昨年某クローズドなコミュニティに記載ものの大幅改変です。
文中、朝日新聞連載内容については引用の引用になりますので、掲載に不都合がありましたら削除いたします。

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