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短歌に学ぶ文章力:細部まで端正な表現を。 第1回

地下鉄の券売機前で今わたし、二千円札のようにさびしい
  蒼井杏「空壜ながし」『瀬戸際レモン』書肆侃侃房、2016年

「短歌に学ぶ文章力:細部まで端正な表現を。」というシリーズを始めます。

短歌で表現を学ぶ理由

短歌は短い形式の詩です。一首に31音しか入りません。
そこで短歌を作るときは、極限までことばの取捨選択を行います。
取捨選択をしているうちに、必要なことばと蛇足部分を見分けるカンが磨かれてきます。

また、日本語の語順や言葉選びに非常に敏感になります。
本日取り上げる例でいうと、「今わたし」と「わたし今」はどう違うのでしょう?
また、「燃やす」と「焚く」にはどんなニュアンスの違いがあるのでしょうか?
短歌の批評会では、こういうことをいちいち掘り下げます。

このシリーズを通してこのような言葉選びの意識を身に着けられれば、もっと端正で、細部まで気の配られた表現ができるようになります。

短歌の基礎知識

とはいえ、短歌に馴染みのない方がほとんどだと思うので、短歌とは何かを簡単に説明していきます。
短歌に詳しい方は、次の見出しまで読み飛ばしてください。

短歌は型が決まっている詩の一種です。
俳句が5音・7音・5音(いわゆる五七五)なのに対し、短歌は5音・7音・5音・7音・7音で構成されます。

地下鉄の/券売機前で/今わたし、/二千円札の/ようにさびしい

この場合は5音・8音・5音・8音・7音になっています。このように、多少の増減は許されます。

地下鉄の券売機前で今わたし、二千円札のようにさびしい
  蒼井杏「空壜ながし」『瀬戸際レモン』書肆侃侃房、2016年

ここで「空壜ながし」というように「」でくくられているのは、「連作」のタイトルです。
短歌では数首*〜50首くらいをひとまとめにしたものを「連作」と呼び、それ全体にタイトルを付けるのです。

『瀬戸際レモン』のように『』でくくられているものは歌集**のタイトルです。

*短歌を数える単位は「首」です(「しゅ」と読みます)。
**短歌の作品集のことです。

この記事のスタンス

このシリーズでは、短歌の表現テクニックのうち、ライティングに活かせそうなものだけを取り扱います。
たとえば、短歌の内容読解は行いません。


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地下鉄の券売機前で今わたし、二千円札のようにさびしい
  蒼井杏「空壜ながし」『瀬戸際レモン』書肆侃侃房、2016年

今日扱うのはこちらの短歌です。

①「今わたし」と「今私」

「今わたし」となっているところが、「今私」だったらどうでしょうか。
これを考えるには、短歌の全体を見なければなりません。

地下鉄の券売機前で今わたし、二千円札のようにさびしい

基本的な考え方として、漢字は重く、ひらがなは軽く感じられます。
漢字の中でも画数の多いものはさらに重いと考えます。

これを前提としてお読みください。

「地下鉄」「券売機前」という、字面としても実際の物体としても密度があって重い語が最初に並んでいます。
ひるがえって後半を見ると、「二千円札」と「さびしい」という、比較的スカスカした、軽い見ための文字で構成されています。

この前半と後半を接続するのに、「今私」としてしまうと前半がさらに重くなり、後半との断絶が強くなってしまいます。
特に表現上の意図がないならば、「今私」ではなく「今わたし」とした方が、重い前半と軽い後半をスムーズに接続できることでしょう。

②読点の効果

文章を書く上で、読点は読みやすくするためのものとして使っている方がほとんどではないでしょうか。
しかし、読点にはそれ以上の表現力があります。


この歌に入っている読点には、どのような効果があるのでしょうか。

読点の基本的な効果は「休止」です。
そこには息継ぎのような印象が発生し、あえて読点を入れることで、その息継ぎを伴って発生している感情までも想像されます。

この場合は分かりやすく「さびしい」と書かれているので、さびしさという感情を読み取ることができ、それが強調されます。

もうひとつの効果は、「引き立て」です。
わざわざ読点で間を置いて話すのだから、そのあとは重要なことに違いないと鑑賞者は考えます。
ドラえもんがもったいぶって道具を出すからこそ、それが素晴らしいものに見えてくるのと同じことです。
今回の歌の場合だったら、「さびしい」という感情が作中主体にとってかなり大切なんだろう、ということが読み取れます。

まとめ

・漢字にするかひらがなにするかは、周囲とのバランスをよく見て決める。
・読点を入れることで感情を読み取らせるテクニックがある。
  これはセリフを書くときだけでなく、エッセイの地の文にも役に立ちます。
・読点の後のことばは、引き立つ。

お読みくださりありがとうございました。
説明不足のところも多くあるかと思いますので、コメントで質問していただけると幸いです。
このシリーズは今後一週間に1度くらいのペースで更新予定ですので、楽しみにお待ち下さい。

今回扱った歌の出典はこちらです。
私の大好きな歌人なので、興味が湧いたらぜひ読んでみてください。



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