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雀始巣

「うっ…」

「大丈夫?ちょっと休む?」

「ううん、平気。」


苦笑しながら大きなお腹に手を添えている姿はまだ見慣れない。
手にしていた衣装ケースを玄関先に下ろし、急いで姉のもとに戻りその腕に抱えられている段ボールを受け取る。


「わ、ありがとう。」

「いいよ。ていうか、姉ちゃんは動かなくていいから。」

「でもちょっとは運動しなさいってお医者さんにも言われてるしさ…」

「だとしても、重いもの持つのはやめなよ。見てるこっちがひやひやする。」

「えー?」


不満気な姉をそのままに荷物を運ぶ。
何回か繰り返しているうちに、額は汗ばみ背中にもじわりとした不快感を覚える。
道路脇に咲いている桜の木の下には小さい雀が2、3羽ちょこちょこと跳ねている。
それを眺めながらシャツの袖を捲り上げ、本格的に日が高くなる前にと流れ作業に戻る。
次々に運びこまれる大量の荷物の中には懐かしいものも混ざっており、姉の物持ちの良さに関心すると共にこれからもっと荷物が増えるだろうにこれでいいのだろうか?と余計なお世話とは思いつつ心配してしまう。


「あ、やばっ…」


背後から聞こえた物音と小さな呟きにドアを開けて廊下へでると、滑り落ちそうな荷物を絶妙なバランスで支えている義兄の姿が。
駆け寄って一番上に載っている荷物を受け取ると、積み上げられた荷物の向こう側から優しそうな顔が現れた。


「ありがとう、亮くん。」

「いえ。これどこに運びますか?」

「あ、右側の部屋で。」


言われた方の扉を開けるとそこは子供部屋の予定なのか、窓には淡い色の可愛らしいカーテンがかけられており、クローゼットの中には生まれる前にも関わらず新品の玩具が何袋も並んでいる。
抱えていた段ボールを床におろし、そのまま何となく部屋を見渡すと窓際にベビーベッドを見つけた。
新築の家には少々不釣り合いだと感じる、使い込まれた様子のそれを眺めていると、同じように荷物をおろした義兄が近寄ってきた。


「亮くんも覚えてるの?」

「え?」

「このベビーベッド、雛子や亮くんが使ってたやつなんだって。」


そう言われてもう一度ちゃんと見るが、見覚えはない。それどころか、こんな大きなベビーベッドが実家のどこかに仕舞われていたことすら知らなかったし気づかなかった。
物持ちがいいのは姉だけではなかったらしい。


「全然覚えてないですね…」

「ははっ。そりゃそうだよね。俺も自分のベビーベッドなんて覚えてないもん。」

「でも何もこんな古いの使わなくたって…今ならもっといいのあるだろうに…」


汚れや目立った傷はなく綺麗に手入れはされているし、流行り廃りのないシンプルなデザインではあるものの、機能性などを考えたら20何年前のものをわざわざ使わなくてもと思ってしまう。
すると隣に立った義兄はそっと優しくベビーベッドの柵を撫でたあと、その手つきと同じ優しい瞳で笑った。


「いつか孫にって大事にとっておいたお義母さんも素敵だし、それを使いたいっていう雛子の気持ちというか…そういう所がいいなぁって思うからさ。」


目の前で手放しで母と姉を褒められて何だかむず痒い気持ちになる。
すると、リビングの方から「お茶がはいったわよ~」という母の声。
手にしていた荷物を下ろし、階段を降りてリビングへ向かうとすでに父や従兄弟たちはお茶菓子を手に談笑しており、姉は母と一緒に楽しそうに昼食の準備をしている。

階段から降りてきた足音に反応して振り返った姉が、義兄が好きだといういなり寿司を指さして満面の笑みを浮かべた。
それにうなずく義兄の横顔にも先ほどと同じ優しい笑みが浮かんでいた。


「お義兄さん。」

「ん?」


未だに呼び慣れない、探り探りの僕の声にも柔らかい笑顔を向けてくれる優しく温かいこの人が姉の選んだ人。

なかなかどうして…我が姉ながら見る目がある。



「亮くん?」

「…いや、飯食いましょう。」



ただ、まだ本人に口にするのは気恥ずかしく照れくさいので、もう少し家に通って義兄との親交を深めてからにしようと思う。










春分

雀始巣(すずめはじめてすくう)
雀が巣を作り始める頃。夏に向けて昼の時間が少しずつ伸びはじめ、多くの小鳥たちが繁殖期を迎える。

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