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遠い記憶 十五話

私は、これと言って、母を困らせると言う事は無かったと思う。
欲しい物があっても、簡単に言わなかった。
決して、裕福で無かったのは、招致していた。
言ったら、お母さんが困るだろうと、気を使う。

あの頃、一年に3回だけ、確実に怒られる日があった。
それは、学期末の通知表を貰う日だ。
これが、毎回難儀な日だった。
今でも、覚えているって事は、本当に辛い事だったんだろう。
何時も、通知表持って、弟が、姉ちゃん~と寄って来る。
どげんしようか?
毎度の事である。
見ないでも、判る。
どげんしようか?じゃなかやろ!
あんたが、勉強せんかいやろ!
どら、見せてみいと、弟の通知表を見る。
はあーっ、と、こっちがため息。
どげんしたら、こげな点数取れっつね~
1と2の、オンパレードである。
はよ~これが、1位2位なら、いいんだけどなぁ~。
こっちが、悩む。
どうしよう。と弟が言う。
弟のを先に見せたら、最後に鉾先変わって私が怒られる。
私の先に見せたら、その後、弟のに目がいけば、最後はやっぱり
私が怒られる。
そばで、
姉ちゃんと、弟の困った顔。
しょうが無いね。
今日は、何時間辛抱か?
2時間か?3時間も我慢すれば、お母さんの気も晴れるやろう。
そんな、学期末だった。

それが、私が5年生になった時の事。
担任の先生が変わった。
山下先生と言うベテラン女性の先生であった。
そんなに、若いと言う感じでは無かった。
あの当時、女性が家庭を持って仕事をすると言う事は
珍しい事だったと思う。
ましてや、教員と言う仕事である。
当然、高学歴でそれなりの、家庭で無いと無理な事であろう。

そんな、山下先生のクラスになって、始めての通知表を
貰う日が来た。
名前を呼ばれ、通知表を貰う。
席に着き、中を開いた。
成績は、まあまあそう変わらない。
ふっと、目が右上に うん?何?
先生からの、所見の欄だった。

そこには、
子供らしさに欠ける。
大人の顔色を、窺っている。と、はっきりと書いてあった。

今まで、そんな事書かれた事は無かった。
むしろ、大人しいとか、静かとかそんな感じの言葉だったと思う。

それを、読んだ、私
う~ん、今度の先生は、ちょっと違うたい。
中々の先生たい。
よう、見とらっせるたい。
と、唸る。

が、帰る途中
どうしよう。
お母さん見たら、何て言うだろう。
はあー
先生も、余計なこつ書いてくれたなぁ~
どげんしようか?
本当に、困った。
そこへ、弟が
姉ちゃん、どげんしようか~?と
毎度の事である。
もう、慣れたわ。
姉ちゃん・・と、
もう、よか!
今日は、姉ちゃんが、怒らるっと!
はっ?
どげんしたと?
姉ちゃん、点数悪かったと?
バカかー!
あんたには、判らんわー
今日は、2時間か?3時間は覚悟だなと。
そして、夜、
母から、通信簿は?と言われる。
私、来たぞー。
腹を、括る。
当然、激怒だった。
私のも見る、バカがーと、
私は、始まったぞーと、さあ何時間か~?
が、ひとしきり、怒鳴ったら、よかと、吐き捨てる様に
はあっ!
どうした?
その日は、それだけで済んだ。
どうしたんだろう?
何か違う。何かあったのか?

そして、夏休みが始まる。
数日経ってから、母に呼ばれて、弟と一緒に汽車に乗る。
何処に行くんだろう?
私のいた所は、宮崎でも外れである。
余程の事で無いと、汽車に乗る事は無い。
何時間か掛けて着いた所は、病院、眼科であった。
私、えっ?
診察受けたのは、私であった。
もう、色々調べられた。


最後に、先生の机の前の椅子に私が座り、後ろに母が立っていた。
その男の先生、太い声で
「治りません」「無理です」と一言。
みる、みる、
私の、口は小刻みに震へ、への字に
目からは、ぽろぽろと、涙が・・・
先生の、口調が心無くきつく、聞こえた。

そこへ、先生の、魂の入った声、
空を見てごらん。
お前の目は、青いって判るやろう。
花を見てごらん。
お前の目は、綺麗な色って判るやろう。
世の中にはなぁ~
見たくても、始めから目の見えん人が、おっとやぞ。
先生も、医者だぁ どげんかして、やりたいばってん出来んこつもあっと。

そげなこつ、言っても、先生こげんな、目持ったこつ、無かやろう。
誰が、私の気持ち判るかー!
心の中で叫ぶ。

それから、
数日してから、又他の病院へ
結果は、同じだった。

夏休みの間、病院回りだった。
どうしたんだろう?
何時も、私の事に手をかける、母では無いのに
不思議だった。
何かあったなと悟った。

そして、何回目の、病院だったか、大きなコンクリートの
何階建てだろう?高いビルの様な、病院だった。
内心、もう何処行っても同じやわ。
半分投げやりだった。
同じ様に、色々な検査、もうそれだけで、うんざりだった。

最後は、お決まり、先生の前へ。
またかと、心の中で呟く。
ちょっと、若い感じの先生だった。
こんな先生駄目だわ。と、心の中で思う。
軽い感じの話し方、
う~ん、無理ですね。
治りませんねと。

同じやん。
やっぱり、治らんのやと、その時。
しかし、お母さんと、先生。

神経の、麻痺ですのでどうしようも、無いんですが。
左目の、一重ですね~
この瞼の、この部分を、少し切開して、縫い合わせる方法が
あります。
そしたら、今よりは、改善されるかも、視力も悪いですが、
今の所手術するまでも無いでしょう。
後の、目のピクピクは、申し訳ありませんが、治りません。と

いとも、簡単に、淡々と話す。
が、二重に出来ると言う、言葉は、有難い言葉だった。
お母さん、どうされますか?
母は、飛びついた。
お願い致します。
どうか、お願い致しますと。

そうですか?
それでは、手術の手続きと、入院の手続きをお願いします。
入院は2週間待ちです。

意外も、意外、人は、見た目や、話し方だけで判断する物では、
無いなあと、その時思った。


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