見出し画像

わたしを離さないで/カズオ・イシグロ

2005年発表の長編小説で、映画やドラマなどの映像化も何度もされています。作者のカズオ・イシグロさんは、2017年にノーベル文学賞を受賞したことでも有名ですね。

ずっと読みたいと思っていたのですが頁数に腰が引けてしまっていて、ようやく手に取りました。


ざっくりとあらすじ。31歳の優秀な介護人キャシーは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設での親友、トミーやルースもまた提供者だった。かつてその不思議な施設で暮らした生徒たちは、長くは生きられないある理由(=使命)を持って生まれた特別な存在なのだった。

以下ネタバレを含みます。




物語は、主人公キャシーの回想が大部分を占めています。回想している現在、トミーやルースは既に提供者としての使命を全うし亡くなっており、キャシーは一人残された状態です。なので、施設での生活から施設を出た後のことまで、友人たちと過ごした日々を懐かしむように思いをめぐらせています。

ズバリ書いてしまうと、この物語の主な登場人物は人間への臓器提供を目的としてつくられたクローン人間です。提供者と呼ばれるのはそのためで、彼らが育った施設はそのクローン事業を推し進める人間たちが運営している施設です。キャシーやトミー、ルースもクローン人間。ある年齢に達すると提供がはじまり、数回繰り返した後絶命、というのがクローン人間の使命とされています。この提供の回数は個人によって違います。

私は大筋の内容をなんとなく知ったうえで、映像作品はまったく見ずに読み始めましたが、人間とは少し違うクローンの無機質な雰囲気を文章だけで確実に感じさせられました。物語はキャシーの一人語り形式で、全体的に抑揚がなく静かに進んでいきます。その静かさがクローン人間であることの悲しみ、それでも使命をまっとうしようとする健気さ、そうすることしかできなかった諦め...様々な感情を想像させます。

主要の3人は友人同士であり、三角関係にあって、キャシーがずっと損な役回りな印象でした。施設にいた頃には、特別に思っていたトミーがルースとつき合い出し、その仲を誰よりも近くで見せつけられたり、成長してからも、すぐには提供者にならず介護人の側に回ったことで微妙な距離ができたりと、結局最後までひとりぼっちだったのがなんとも切なかった。それでもラストの少し前にはようやくトミーと心を通い合わせることができたので、それだけでも少し救われた気持ちになりました。

提供が始まると、同時に死へと近づいていくことになる。提供に猶予が与えられるという噂を確かめるため、キャシーとトミーはかつての保護官(施設時代の教師)に会いに行くも、そんな噂は真実ではないことを知らされ絶望する。提供が続き弱っていく様をキャシーに見られたくないがため、トミーはキャシーを遠ざけるようになり、結局そのままトミーは死んでしまう。つらすぎます。が、トミーの気持ちもわかるな...。

少し話は違いますが、私も学生の頃に父が重い病気になったのですが、壮絶に弱っていく様を見るのがとても怖かったです。ろくに看病に関わることもできないまま亡くなってしまいました。人生の後悔の一つです。大人になった今なら、もっと違う見方で接することができると思うのですが。

カズオ・イシグロさんの作品は他にも読んでいますが、淡々と、そして丹念に文章が綴られており、この『わたしを離さないで』は内容は現実離れしているのにリアルに感じてしまう。(近い将来起こりそうな気もしますが...) 長編でも読みやすいと思います。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?