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三浦豪太の探検学校

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冒険心や探究心溢れる三浦豪太が世の中について語った日本経済新聞の連載記事「三浦豪太の探検学校」(2019年3月に最終章)の、リバイバル版。わずか11歳でキリマンジャロを登頂。フリ…
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#被災地支援

スキー仲間と炊き出し

2011年7月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  宮城県塩釜からフェリーに乗り、松島湾の中にある桂島に仲間のスキーヤーと炊き出しに行った。  今回の支援炊き出しを呼びかけたのは、2003年初代スキークロスワールドカップ(W杯)王者の滝沢宏臣選手、トリノ・バンクーバー五輪アルペン日本代表選手である佐々木明選手ら。僕らの仲間でもあるモーグル・スキーハーフパイプ日本代表の畑中みゆき選手が普段から復興支援を手伝っている彼女の地元塩釜の桂島に行くことになった。  さらに基礎スキ

支援活動「繋ぎ隊」

2011年6月18日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  6月からFM仙台で「繋(つな)ごう明日へ」という番組がスタートした。ミウラ・ドルフィンズの元メンバーだった庄司克史さんが所属する仙台の和顔施(わがんせ)塾が中心となり、塾長の黒沢としみさんがパーソナリティーを務め、被災地の状況を現地でかつやくするボランティアを通じて伝え、心と身体を元気にする番組だ。FM仙台は宮城県全域をカバーする広域ラジオ局で、リスナーの多くは被災者たち。番組は彼らをつなげ、応援する役割を担う。  

心と身体つながる感覚

2011年5月14日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  スポーツにはイメージトレーニングというものがある。実際に試合や運動を行う前に頭の中で正確に自分のすべきことをイメージし、理想のパフォーマンスを頭の中でリハーサルするのだ。  スキーのモーグルのように複雑な動きが同時に行われるとき、僕はイメージと一緒に注意点を1つか2つにまとめて、それを試合前にキーワードとして使う。もちろん、これは長い時間をかけ練習を通じて頭と体に対し何度も命令系統を作り込むことが大事であるが、こうす

すくわれた無力感

2011年4月16日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  先週、宮城県沿岸部に入り、仙台に住んでいる知人と仙台近郊、気仙沼、女川町、牡鹿半島などで物資支援を行ってきた。今回の震災による津波の深刻な被害は東北地方沿岸部全体という巨大なスケールのため、いまだ全体像がつかめていない。  仙台近郊では流通が回復し物資が行き渡ってきたが、今も続く余震や避難時に負った肉体的、精神的な傷は癒えておらず、心と体の双方に働きかけるプログラムが必要である。  女川町や気仙沼の個人の自宅に避難

高校生の善意

2011年4月9日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  東日本大震災の被災地の状況は刻一刻と変わる。支援活動を続けている僕たちは先週、被災地の現状を把握するため、クラーク記念国際高等学校(以下クラーク)の緊急指定車両に乗り込み、職員と一時避難していた生徒と共に仙台へ向かった。  クラークは三浦雄一郎が校長を務める広域通信制の高校で、通信制でありながら人から人に伝える対面教育を重視し、個々の生徒のニーズに合った教育を実施している。そのため実際に教室で学べるキャンパスで通信教

心を支える難しさ

2011年4月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  東日本大震災から2週間後の先週末、ミウラ・ドルフィンズのスタッフである安藤隼人が登山医学会の医療派遣隊と共に医師チームのアシスタントとして宮城県北東部にある石巻市北上町に入った。  鹿屋体育大学で運動生理学の修士を持つ彼は元トライアスロン選手で、低酸素室のチーフトレーナーとして活動しており、健康運動指導士として医学と登山技術に精通している。  北上町で安藤が目にしたのは圧倒的な津波の破壊力に押し流された漁村や町並みで

できることを行動に

2011年3月26日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  東日本大震災発生時に僕は家族と逗子の家にいた。逗子に被害は及ばなかったが、大津波警報による避難勧告が出て高台にある南郷中学校に避難した。  先生方は快く僕らを受け入れてくれた。そのうえ水、食料、毛布、ストーブまで用意してくれた。その夜はとても冷え込み、毛布2枚かけても寒かった。夜中に度々起きて、温かい飲み物を手に取ってストーブで暖をとる。逗子でもこれほど寒いのだから東北地方の寒さは想像を絶するのだろう。  震災直後