恋人にはなれなかったけど、それでよかったんだ。(短編小説)

  *

 僕は彼女に対する片想いの感情を、心のゴミ箱に、そっと捨てようとしていた。
「……ごめんなさい、わたし、今、好きな人がいるんです」
「……そっか」
「はい……」
「だったら、仕方ないよな」
「えっ……?」
「いや、なんでもないよ」
 僕はそう言って、笑う。
「それじゃあ、またね」
「あ、あの……!」
 僕が踵を返そうとすると、彼女が呼び止める。
「うん? どうしたの?」
「えっと、その……」
 彼女はしばらくもじもじとしていたが、やがて、意を決したように、言った。
「わたしの友達になってくれませんか?」
「えっ?」
 突然のことに、僕は驚く。
「わたし、今まで男の友達っていなかったから、男の人と話すとき、緊張しちゃってうまく話せないんです。だから、その練習に付き合ってほしいというか……」
「……ああ、そういうこと。わかった。いいよ」
「本当ですか!?」
 僕が頷くと、彼女は嬉しそうに顔をほころばせる。
「ありがとうございます! じゃあ、これからよろしくお願いしますね!」
 そう言って、彼女が手を差し出してくる。
「うん、よろしくね」
 僕は、彼女の手を握り返す。
「それじゃあ、また明日、学校で会いましょうね!」
 そう言うと、彼女は駅の方へと走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、僕は思う。
(……これで、いいんだ)
 こうして、僕と彼女は、友達になった。
 恋人にはなれなかったけど、それでよかったんだ。
 だって、彼女には好きな人がいて、僕にはそれができないんだから。
 それに、彼女と友達になれたおかげで、明日からも学校に行くことができる。
 それだけで、十分じゃないか。
 そう思いながら、僕は家路につくのだった。

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