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好きなことを好きじゃないふりと、好きじゃないことを好きなふり、どっちが辛い?


まだ一度も読んだことのない作家さんの作品を読む時はドキドキする。その作品が面白くて私の好みに合って、そうしたらその作家さんの作品を次々と読みたくなるだろう。本との出逢いは、作家さんとの出逢いでもある。


水を縫う/寺地はるな

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読書にエンタメ性を期待しているとしたら、こういう日常の家族の物語を読むと物足りなさを感じてしまうこともある。でも家族の物語の中にもドラマはある。ひとことで言うと、

世の中の〈普通〉を踏み越えていく6人の家族の物語(帯文より)

である。
主人公は、松岡清澄くん、高校1年生。彼の〈普通〉じゃないところはお裁縫が好き(得意)なとこ。特に刺繍に興味がある。

「刺繍はずっと昔から世界中にあって、手法はいろいろ違うのに、そこにこめられた願いはみんな似てるんです。それってなんか、おもしろいでしょ。」
世界中で、誰かが誰かのために祈っている。すこやかであれ、幸せであれ、と。

清澄くんの姉、紺野さんとの結婚を控えた23歳の水青みおは可愛いもの、女の子らしいものが苦手。そういうものを避けて生きてきた。堅実を絵に描いたような自分とは真逆の自由な弟に対し、羨望と、あんたはええなあ、という暗い気持ちが混ざる。

シンプル。同じ言葉を使っていても、それぞれに思い描くものが違っている。そこにこめた意味あいも。
一生懸命な紺野さんは、とてもかわいい。(中略)ああ、そうか。わたしの「かわいい」は、好きっていうことなんや。

2人の母親・さつ子はお給料を持って帰る人に徹した一家の大黒柱。清澄に裁縫を教えた祖母・文枝は「男だから」「女の子のくせに」と言われた世代。離婚した父親・全は結婚や家族というものには向いていない浮世離れした元デザイナー。そして全の友人にして現在の雇い主である黒田は全の子どもたちの成長を全よりも気にかけている。


何が良いって、とにかく共感できる。「うん、わかる」「そうそう、それが言いたかった」な箇所に付箋を貼ってたら付箋だらけになってしまった。私は母親なので、特にさつ子に共感するところが大きい。というよりは、さつ子と私は似ている。世の中にはお料理やお裁縫が得意なお母さんがいて、家のおやつは手作りのお菓子だったり、ちょっとしたワンピースを手縫いしたり。私はお料理は人並み、お裁縫は大の苦手だ。


子どもが幼稚園に入園した時のサイズの決まった袋物を縫うのは私には無理だったので、お裁縫の得意な義姉が縫ってくれた。小学生の時には30センチのものさしを入れる袋を、ママ友が「うちの子のついでに」と言って縫ってくれた。高校生の時は、体育祭のダンスパフォーマンスで使う衣装を縫う生地を、娘は「どうせお母さんには縫えないと思って」と鼻から我が家には持って帰らずクラスメイト(のお母さん)に頼んでいた。お菓子作りなんてほぼやったことがないので、子どもがバレンタインに手作りのチョコレート菓子を作ってお友達と交換すると言い出した時には、果たして手伝ってやれるのか不安だったし、買ったほうが早いのに、とも思った。


苦手なことは出来ないし、子どものために頑張ってやってみようとも思っていなかった。そんな母親(私)に育てられたうちの子どもたちは不幸だったのかなぁ?子どもに手をかけるって、そういうことなの?何でも手作りするお母さんが良いお母さんなの?


子どもたちが成人した今は、もうそんなこと思っていない。でも当時はちょっとだけコンプレックスだった。だからさつ子には大いに共感した。先回りしてうるさいくらいに子どもたちの心配をしてしまうところ、そのせいで疎まれているところ、変に我慢強いところも似ていた。母親はいつだって、子どものことが心配だ。学生なら学校でお友達と仲良くしているだろうか、悪目立ちして仲間はずれにされたりしてないだろうか。大人になっても、毎日の天気や、暑い・寒いで着る物の心配したり、ちゃんとお仕事してるか、職場で浮いていないか‥etc


何でもかんでも、“そこそこ”な平均点な子どもなら安心したりする。大好きだったドラマ『凪のお暇』に“空気は読むものではなく、吸って吐くものです”という名セリフが出てきたが、本作ではちょっと違う捉え方だ。

いつも、ひとりだった。(中略)でもさびしさをごまかすために、自分の好きなことを好きではないふりをするのは、好きではないことを好きなふりをするのは、もっともっとさびしい。

ほんとは子どもにそんな思いをさせるほうが辛い。それに、平均点なんて誰の視点なん?って思った。平均点を望むさつ子に文枝は“子どもには失敗する権利がある”と言った。好きなものを追求して、それで貧乏暮らしになったとして、それは失敗なの?と問う。

だって好きって大切やんな。(中略)自分の好きになるものをはやってるとかいないとか、お金になるかならないかみたいなことで選びたくないなと、ずっと思ってきた。

最後まで読むとタイトルの意味が分かり温かい気持ちになる。最後まで読むと子どものことをもっと信用して良いんだと思えた。


そして寺地はるなさんは、私の大好きな作家さんになった。



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