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他人と比べた時点で不幸は始まる、だったらやれることをやるだけ〜『トリプルセブン』読書感想文


伊坂幸太郎さんの小説の一番良いところは、世の中でいわゆる“勝ち組”と呼ばれるような人、生まれた時から容姿や能力でアドバンテージがある人、あるいはそう自覚していて他の人を見下してるような人が、必ずしも“勝たない”ところ。本作ではそういう人たちを“スイスイ人”と呼んでいたけど、特別な努力もしていないのに人生がスムーズでスイスイ生きられる人たち。
対して、何をやってもうまくいかないとか、容姿で損してるとか、そういう“勝ち組じゃない”人がなんだかんだ活躍して世界を、というのは大袈裟だけど、世の中の秩序とか人として最低限のルールを守る、みたいなのが伊坂作品の楽しいところ。

他人と比べた時点で不幸が始まる

だから

梅の木が、隣のリンゴの木を気にしてどうするんだよ。梅は梅になればいい。リンゴはリンゴになればいい。バラの花と比べてどうする

だよね。そう言われると無駄なことで悩みたくなくなる。

『トリプルセブン』/伊坂幸太郎

累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!

やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。

そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!

KADOKAWAオフィシャルサイトより

1年半ぶりの新作に胸が踊って、楽しみにしすぎて、読み始めたら1日で読み終えてしまって、もったいないことをしたなぁ、もっとゆっくり味わえば良かったのに、なんて思うけれどページを捲る手を止められなかった。かつて『ゴールデンスランバー』を読んだ時のあのワクワクと、予感。読みながら映像が見えて、映画化されることを確信した、あの感覚がよみがえった。

本作は、伊坂作品の中で“殺し屋シリーズ”と呼ばれるもので、当然殺し屋が登場するし、人が沢山死ぬし、ちょっと想像したら「痛そうっ」なシーンも多いので、もし伊坂幸太郎作品未経験者から「伊坂幸太郎さんの作品で面白いものを教えてください!!!」って聞かれてもこのシリーズをおすすめすることは絶対にないと思う。いくら面白くても、だ。伊坂作品にはもっととっつきやすいジャンルのものはいくらでもあるし、まずはそっちの、読みやすいものをおすすめすると思う。だけど、ホントにおすすめしたいのは実はこの、ちょっと“怖くて痛い”ほうの伊坂作品のほうが読み終えた後に「はぁーーっ」という長いため息が出るのだ。「はぁーーっ」は「はぁーーっこりゃまたやられた」だったり「はぁーーっもう読み終えちゃった」だったり、とにかく「はぁーーっ」だ。


本作の主人公は、コードネーム天道虫こと七尾くん。伊坂作品初のハリウッド映画化された『マリアビートル』(映画タイトルは『ブレット・トレイン』)で、あのブラット・ピット氏が演じたのが、彼。

七尾くんの良いところは、何事も穏便に済ませようと思っているのに何故か厄介事に巻き込まれてしまって、自分のツキの無さを嘆きながら常に最悪を想定出来るため逆にそれが武器になっているとこ。そして恩に厚いとこ。殺し屋なんて聞くと、頼まれた仕事だけやって報酬もらえたらOKな人だと勝手なイメージで考えてしまう(実物を知る機会がないので)けど、七尾くんは本来なら自分がやらなくても良いけど困ってる人がいるなら、それにその人にちょっとでも恩を感じたことがあるとしたら黙って放っておけない。

恩知らずは運に見放される

たかが雑談の中で話された言葉に引っかかって、身の危険があるにも関わらず「やれることはやらなくては」と思ってしまう。つまりはいい奴なのだ。だからかな、いつも適当な謳い文句で七尾くんに仕事を依頼してくる仲介屋の真莉亜さんまでもが七尾くんを心配して助けてくれたのだから。

本作の舞台は都内のホテル。新幹線内(『マリアビートル』の舞台は東北新幹線)というほどではないが、意外に逃げ場がないことが分かる。しかも敵は大人数、あっちやこっちを見張られて結局ホテル内を上へ下へと移動する。どこの部屋に誰がいて、そこに誰が行って、誰が死んだか。誰が誰に仕事を依頼してるのか、誰と誰が手を組んでるのか。関係図を書きたくなるのはいつものこと。
伊坂作品を読む時は、伏線を意識すること。後から「え、それも?これも?」とならないように、もちろんなっても良い。気持ち良く伏線は回収される。伏線の中には、“本当の悪者”の見極めもある。味方のふりして裏切ったり、良い人ぶって実はサイコパスだったり。ホントに怖いのは、権力を握ったサイコパス。


本作でもう一つ私の好きポイントは、登場人物の名前。コードネームと言ったほうがいいか。殺し屋さんたちには呼び名があって、以前は結構難しい漢字の名前が多かったのだが、本作は耳に聞き覚えのあるわかりやすい名前の人が沢山登場した。
2人組といえば“蜜柑と檸檬”を思い出すが、本作には
・モウフとマクラ
・コーラ(高良)とソーダ(奏田)

が登場。

また吹き矢を扱う恐ろしい6人組は
・アスカ、ナラ、カマクラ、ヘイアン、センゴク、エド
こうやって書く(聞く)と時代の名称には人の名前に聞こえるものが多いことを発見。


この業界はきちんとした上下関係とかガチガチの組織図はなくて、その都度仕事を依頼し依頼される。なので顔見知り同士が現場で遭遇したり、昨日の仲間は今日の敵、みたいなこともある。
シリーズものだから他の作品を読んでからの方が良いかと問われたら、読まなくても大丈夫ですと答える。これだけを読んでもめちゃくちゃ面白いし、満足してもらえるはず。ただ作中には「こんな人がいた」とか「こんな事件があった」「すごい技を使って殺していた」などという業界の噂や会話等が出てきて、分かる人には分かってニヤニヤするポイントでもあるので、ニヤニヤしたい人はシリーズ読破をおすすめしたい。

スリーセブンは大当たり。でも、7が一つも出ない人生だって人と比べなければ悪くない。読み終えたらチーズケーキに柚子胡椒をかけてみたくなること必至。



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