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君と花火

「夏の恋って花火みたい。どきどきして、わくわくして、たのしくて。だけどたのしいのはそのいっときだけで、さいごにどかんと胸の高鳴りがくると、突然に終わってしまうの。いつもそう。はげしく燃え上るけど、あっけなく、簡単に終わってしまうの」
 と彼女は言った。

「恋多き女の宿命だね。楽しければそれでいいんじゃない?」
 僕は彼女に感想を述べた。
「うん。だけどね、こんどの恋はどかんと来る前に終わってしまったの。肩透かしなの。がっかりなの。失敗の恋なの」
「失敗の恋?」
「そう。夏の恋はさいごにどかんときて盛大にフィナーレが来れば、たとえそれが終わってしまっても、それは成功の恋なの。だけどそれが来る前に終わってしまった。失敗だった。がっかりだった」
「そのどかんとって何なの?」
「花火大会よ! 何と言っても花火大会が恋のクライマックスなの。恋をして、燃え上がって、わくわくして、花火を見て、最後の花火が終わると、その恋は終わるの」
「ふうん」
 僕にはあまりピンとこなかった。
「夏の終わりとともに、恋も終わるの」
「なるほどね」
 僕とは違う世界だ、と僕は思った。
 僕には理解不能な恋愛観だ、と僕は思った。

「だから一緒に花火大会に行ってくれない?」
 彼女は甘えた声を出して僕の顔を覗き込んだ。
「え?」
「一緒に行く人、いなくなっちゃったから」
「それって僕じゃないよね。僕は恋とは無縁の男だから」
 僕はちょっと戸惑った。
「だって一人じゃさみしいじゃない」
「だったら女友達と行けばいいじゃないか」
「友達はみんなおデート」
「僕と行っても楽しくないよ」
「花火が見たいのよ。あなたに期待なんてしてない。だって花火を見ないと夏が終わらないから」
 彼女はそう言って笑った。
 僕は期待されていない男だ。
 うれしいやら哀しいやら、なんとも言えない気持ちだった。

 花火大会の日、僕はカメラを持って出かけた。最近僕はカメラに凝っている。最近のカメラは性能がいいから、僕なんかでもきれいな写真が撮れる。
 スマホでいいじゃないか、とも思うけど、やっぱりカメラを構えてカシャカシャと撮る方が楽しい。
 僕は格好を気にする男なのだ。

 デートじゃないから、花火を撮ろうと思った。彼女も僕も、目的は花火なのだから。

 約束の場所に現れた彼女は、ブルーの浴衣姿だった。
 ああ、美しい。なんて美しいんだ。
 浴衣を着ると女性は魅力が数倍増しになる。まさしくそれだと僕は思った。

「何で浴衣なの?」
 と僕は彼女に訊ねた。
「花火大会は浴衣でしょ?」
 と彼女はあたりまえのように答えた。
「うん、だけどデートじゃないし」
「だめ?」
「だめじゃない。かわいい」
 僕は思わず思ったことを言ってしまった。僕は少し照れくさかった。
 だめだ。
 本当はだめだ。
 だって好きになっちゃうじゃないか。

「ありがとう。知ってる」
 と言って彼女は微笑んだ。
 その笑顔もかわいかった。
 くやしい。そんなに自信満々で言われても、文句が言えない。
 文句なしにかわいい。
 だけど彼女は恋多き女だ。
 僕なんかと恋に落ちない。

「ねえ、写真撮っていい?」
 そう行って僕はバッグからカメラを取り出した。
「なになになに? 怖いけど。そういう趣味あった?」
 と彼女は驚いた様子で僕を見た。
「うん、そういう趣味あった」
 と僕は答えた。
 変な意味じゃない。
 それは彼女もわかっている。
 彼女はにっこりと笑ってポーズをとった。

「ねえ、今日は写真大会にしようよ」
 と彼女が言った。
「写真大会?」
「うん。私と花火」
「花火をバックにしたら、君が花火を見られないじゃないか」
「いいのよ。花火なんて哀しいだけだから」
「哀しいだけ?」
「花火は華やかで楽しいけれど、ああ恋が終わっちゃうんだなあ、夏が終わっちゃうんだなあ、って思うとなんだか哀しいの」
 なるほどな、それが彼女の世界観だ、と僕は思った。
「うん、まあ、デートじゃないし、写真を撮るよ」
「そうしましょ」
 彼女は楽しそうだった。

 花火が上がると、僕は彼女の写真を撮った。
 彼女は僕を見ている。
 花火なんて見ないで、僕を見ている。
 いや、勘違いするな、僕を見ているんじゃなくて、カメラを見ているんだ。
 花火をバックに、彼女は僕に微笑んでいる。
 勘違いするな、僕に微笑んでいるをんじゃなくて、カメラに微笑んでいるんだ。
 花火はきれいなのに、彼女は花火を見ていない。彼女はずっと僕を見ている。
 勘違いするな、僕を見ているんじゃなくて、カメラを見ているんだ。

 花火と君、どっちも美しいよ。
 ああ、満たされている。
 僕は満たされている。
 君と花火の魅力に。

 僕が撮った写真は、地元の写真コンテストで入選した。
 「君と花火」

 写真は期間限定で、駅のホームの壁に並べられた。
 僕と彼女は二人でその写真を見に行った。
 たくさんの写真が並べられた中に、僕の撮った写真があった。

「やっぱり、恋する女はきれいね。決しておせいじじゃなくて」
 と彼女は言った。
「恋する女?」
 そう言って僕が彼女の顔を見ると、彼女はそっと僕の手を握った。

おわり。

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