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短編小説

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僕の短編小説集です。
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#短編小説

君に花束を

 僕は花屋さんで花を買う。それは、君への花束だ。  花束を買うだなんて恥ずかしくて、今まで僕は君に花束を贈ることなんかなかった。  でもさ、これは君との約束だから。今日僕は、君に花束を贈る。  君へのプレゼントを買うのは、いつもドキドキする。  君の誕生日に僕は宝石店にゆき、ネックレスを選ぶ。  どんなものが君に似合うだろう?  君の喜ぶ顔が見たい。君の笑顔を僕は思い浮かべる。  君の瞳はとても輝いていて、僕にはとてもまぶしい。 「私ね、花束をもらうのが夢なんだ」  君は

どした、恋した?

 僕は君が恋をする瞬間を目撃した。  君は彼をひと目見て恋に落ちた。  まわりがキラキラと輝いて、光がさしたようだった。  君の目もキラキラと輝いていた。  人が恋をする瞬間、それは素晴らしい瞬間だ。  僕はその瞬間を目の当たりにしている。  僕は彼女のことが好きだ。  ラブではなくライク。  なぜなら僕が彼女と付き合うだなんてことは、現実的ではないからだ。  彼女は美しいし性格もいい。  そんな彼女を独り占めできるほど、僕は素晴らしい人間ではない。  彼女に対するリスペク

ロウとコウ

 ロウはコウの幼馴染だ。  小学校3年生のときに、ロウはコウの通う小学校に転校してきた。  ロウは帰国子女だ。イギリスから日本に帰ってきた。 「僕はロウです。ジュード・ロウのロウです」  とロウは自己紹介をした。  しかしクラスメートは誰一人ジュード・ロウを知らなかった。 「柔道のロウ?」  とみんなに誤解され、それからロウは「柔道のロウ」と呼ばれるようになった。  しかたなくロウは柔道を習うことになった。  中学校のとき、コウはロウと付き合うことになった。  ロウはモテ

サブリミナル効果

「あなたって、会話の中にちょいちょい私を誘ってくるわよね? それってサブリミナル効果を狙っているの?」  と彼女は言った。 「え? サブリミナル効果って、映像の中に人が認識できない一瞬の映像を入れ込んで潜在意識に直接刷り込ませる効果のことだよね? 意識できている時点でサブリミナル効果って言わないんじゃないか?」 「私は感が良いの。私はいつだって用意周到なの」  何でここで「シン・仮面ライダ」ーの緑川ルリ子のセリフをぶっこんでくる? それって自分を浜辺美波と錯覚させて魅力的

ワンダフル・トゥナイト

 僕は10年ぶりにその街を訪れた。  行きつけだったバーのカウンター席に座る。  バーの片隅には小さなステージがあり、そこでは若いロック・バンドが演奏をしていた。  僕はバーボン・ウイスキーをロックで頼み、一口舐めるように味わう。そしてよく冷えたチェイサーを口に含む。  バンドのヴォーカルと目があった。  レッド・ツェッペリンのアルバムのジャケットのように酒を飲む僕の姿を、その男は気に留めているようだった。  まるでタイムスリップしたかのようなオールドスタイルの男が珍しい

僕が君と過ごしたという証

 僕の鞄の中から一枚の紙切れが出てきた。  それは映画のチケットの半券だった。  それを見て、僕は朋美の事を思い出す。  僕と朋美の関係は、ちょっと不思議なものだった。  二人とも映画が好きで、インターネットのブログを通して僕らは知り合った。  何と言うか、僕と朋美は奇妙なところが似ていた。  それは、映画は一人で観に行くものと決めているところだった。  観る映画のタイプも、趣味趣向も、考え方も、まるで違っていた。  だけどお互いに変わり者が好きだというところが似ていた。

蜂女のキス

「仮面ライダーの蜂女ってさあ、何だかセクシーよね」  と彼女は僕に言った。 「西野七瀬?」  と僕は聴き返す。 「それは「シン仮面ライダー」のハチオーグ。西野七瀬もいいけど。あらら」 「初代仮面ライダーの蜂女のことか。でも何で知ってるの?」 「なんだか最近昭和に興味があって、仮面ライダースナックのカードとかいろいろネットで観ていたのよ」 「ふうん」 「でも蜂ってさあ、一刺しすると死んじゃうのよね。最終手段なのよね。刺すと終わりのよね」  彼女は急にシリアスな表情になった

君と花火

「夏の恋って花火みたい。どきどきして、わくわくして、たのしくて。だけどたのしいのはそのいっときだけで、さいごにどかんと胸の高鳴りがくると、突然に終わってしまうの。いつもそう。はげしく燃え上るけど、あっけなく、簡単に終わってしまうの」  と彼女は言った。 「恋多き女の宿命だね。楽しければそれでいいんじゃない?」  僕は彼女に感想を述べた。 「うん。だけどね、こんどの恋はどかんと来る前に終わってしまったの。肩透かしなの。がっかりなの。失敗の恋なの」 「失敗の恋?」 「そう。夏の

魔法の鏡

「魔法の鏡を持ってたら、私の暮らし、映してみたい?」  と小百合は僕に尋ねた。 「何? ユーミン?」  と僕が聞き返すと、小百合は嬉しそうに、「あるのよ」と言ってほほ笑んだ。  彼女は僕の部屋の壁に、15インチサイズのモニターを設置した。 「これが魔法の鏡よ」  と言って、またほほ笑む。  これはアマゾンの音声操作デバイスだよね、と僕は思う。  電源を入れると、インカメラでそれを覗き込む僕らの姿が映し出された。 「ね、普通の鏡みたいでしょう? だけどね、これは魔法の鏡なの

秋の来ない恋

 彼女の恋は夏に始まって夏に終わる。  決まってそうだ。  夏の暑さのなかで情熱的に燃え上がり、夏の終わりとともにそれは終わりを遂げる。  秋の来ない恋。  彼女の恋は、そんな恋だ。  彼女の恋に、秋は来ない。  僕と彼女の恋は、花火大会で始まった。  それは夏の終わりのイベントだった。  本当だったら彼女の恋が終わるとき、僕らの恋はスタートした。  それは、予期せぬ出来事だった。  ビートルズの「抱きしめたい」は、「I wanna hold your hand」という

君の歌声は素敵だ

「君の歌声は素敵だ」  と僕は彼女に言った。  僕は駅前のコーヒーショップでオーダーをするために並んでいるときに、ふと目の前に並んでいる女性が、僕の友達の彼女の友達であることに気がついた。  以前に街中で偶然その友達に会い、そのときに一緒にいたのが彼女だ。  僕は「直子さんのお友だちですよね?」と言って声をかけた。彼女は振り向いて僕の顔を見ると、あのときのことを思い出した様子で、笑顔で「こんにちは」と言った。  僕は「こんにちは」と答えたあとに「一人ですか?」と尋ねた。  

恋する花蓮

 竜崎真彦は一目惚れだった。  彼女は竜崎にとってドストライクだった。  彼女の名は森山花蓮。  映像制作会社に務める女性だ。  竜崎はロックバンドでギターとヴォーカルをしていた。  色々と事情があって、バンドは解散し、今は事務所で飲んだくれている。  だけども花蓮は荒野に咲いた花のように竜崎の目の前に現れた。  花蓮は可憐だった。  胸がときめいた。  心が踊った。  胸キュンだった。  イエロー・マジック・オーケストラの「君に胸キュン」が歌いたくなった。  竜崎はカ

大丈夫、マイフレンド

「大丈夫?」  僕は彼女に訊ねた。 「大丈夫じゃない」  彼女はそう答えた。  「大丈夫?」と訊かれたら「大丈夫」と答えるしか無いと言うけれど、彼女は違う。  「だって大丈夫じゃないんだもの」と彼女は言う。  美容院で「痒いところ無いですか?」と訊かれて「ここ」と答える人なのだ。 「僕にできる事ある?」  と僕は訊ねた。 「ない」  彼女はきっぱりと答えた。 「そっか、じゃあ何か助けが必要だったら僕に言ってね。辛いことがあったらさ、叫べばいい。ジョン・レノンみたいにね」

お好み居酒屋

 僕は会社の先輩に連れられて、お好み居酒屋に来た。  お好み居酒屋とは何か?  お好み焼き専門の居酒屋なのか?  いや、それだったら単なるお好み焼き屋だ。  僕はともかくわけも分からずにここに来た。  お好み居酒屋の見た目は普通の居酒屋だった。  いわゆる普通の、古風な感じがするお店であった。  先輩はガラガラとお店の扉を横に開いた。  中に入ると浴衣を着た若い女性が僕らを向かい入れた。 「会員のお客様でしょうか?」  と女性は僕らに尋ねた。  先輩が「はい」と答えると、