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お好み居酒屋
僕は会社の先輩に連れられて、お好み居酒屋に来た。
お好み居酒屋とは何か?
お好み焼き専門の居酒屋なのか?
いや、それだったら単なるお好み焼き屋だ。
僕はともかくわけも分からずにここに来た。
お好み居酒屋の見た目は普通の居酒屋だった。
いわゆる普通の、古風な感じがするお店であった。
先輩はガラガラとお店の扉を横に開いた。
中に入ると浴衣を着た若い女性が僕らを向かい入れた。
「会員のお客様でしょうか?」
と女性は僕らに尋ねた。
先輩が「はい」と答えると、女性は「それでは会員証をお願いします」と言った。
僕はこの店が初めてだが、この店に来る前にスマホで会員登録を済ませていた。
店員が先輩と僕のスマホのアプリ画面のQRコードを読み取った。
「それでは奥の個室にご案内します」
どうやら先輩は常連客のため、個室なようだ。
僕らは個室に案内された。
「この店の会員はおまかせコースなんだよ。さっきのでもう支払いは済んでいて、2時間飲み放題で料理はおまかせなんだよ」
と先輩は言った。
なるほど、それは簡単だ。でもおまかせでお好みとはどういうわけなのか?
「この店の何がお好みなんですか?」
と僕は先輩に尋ねた。
「出された料理に点数をつけるとね、会員の好みを覚えていって、次からは好きな料理が多く出てくるようになるんだよ」
「なるほど。スマホを使って客の好みを覚えていって、自分の好みのものを推薦してくれる。つまりはTicktokとかYoutubeとかと同じシステムだって言うことですね」
僕は納得した。
お店に行って何を頼むかを考えるよりも、お任せで好きなものが出てくれば、確かに便利だ。
しばらくして、店員のおばちゃんが生ビールとお通しを持ってた。
「いらっしゃいませ。ビールとお通しになります」
おばちゃんはとても明るくて満身の笑みで僕を見た。
「この酢の物は当店おすすめとなりますので、どうぞお楽しみください」
おばちゃんはそう言うと、ふすまの前で正座をしてお辞儀をし、僕に向かってにこっと微笑むと、ふすまを締めた。
「なんかあのおばちゃん、やたら僕に愛想をふるうんですけど」
と僕は先輩に感想を言った。
「君のターンだからね」
と先輩は答えた。
「僕のターン?」
僕は意味が分からずに先輩を見た。
「初めての客にはね、お店のおすすめが提供されるんだよ。あのおばちゃんはこの居酒屋のおすすめ」
「店員もなんですか?」
「そう。全部お好みに合わせて出てくる」
「なるほど。でもなんか、僕のお通しと先輩のお通しが違うんですけど」
「ああ、お店のおすすめは酢の物なんだけど、僕は枝豆の方が好きだからね」
「なるほど、会員の履歴でちゃんと好みに合わせてくるんですね」
「そうだ。まあ、とりあえず乾杯」
そう言って先輩はジョッキを手に持った。僕らは乾杯した。
「ああ、やっぱり生はいいな」
先輩は満足そうにつぶやくと、スマホのアプリに何やら入力をした。
そして枝豆を食べると、また入力をした。
「採点だよ、採点。生ビールは100点だ。枝豆は90点。オバチャンは20点」
「え? 店員も採点するんですか?」
「そだよ。ああ、テーブルに出されたものはすべて採点可能だから、枝豆食べてみる?」
「ああ、はい」
僕は枝豆を食べた。
「うまいっすね。でも僕は酢の物の方がいいかな。生ビール100点。酢の物80点。枝豆70点。おばちゃん80点」
「え? 何でだよ、おばちゃんに高得点つけるなよ。また来ちゃうじゃないか」
「だってあのおばちゃん愛想いいし面白いから気に入っちゃったんですよ」
「熟女好きか」
と先輩は呆れた顔をした。
しばらくして、若くてかわいい女の子が焼き鳥を持ってきた。
「こんどは僕のターンだからね」
先輩は僕を見てつぶやいた。
「いつもありがとうございます」
と言って彼女は先輩に愛想をふるった。
「よろしくお願いします」
と言って彼女は僕にも微笑んだ。
彼女がいなくなると、僕らは焼き鳥を食べた。
「なんか、皮が多いですね」
と僕は言った。
「うん。僕は皮しか食わないから。君はお店のおすすめのねぎまとレバーとつくねを食べな」
「はい」
「あ、皮一本食べていいよ。試してみな」
「はい。ああ、皮もうまいっすね」
「さて、採点は。皮は100点、彼女も100点」
「僕は皮は90点、ねぎまは60点、レバー80点、つくねは70点、彼女は60点かな」
「おいおい何で彼女の点数低いんだよ?」
「なんか苦手なんですよねえ、ああいうキャピキャピした感じが。落ち着かないんですよ」
「まじか。あ、そうだ。飲み物の追加は飲み終わったらスマホでやるんだよ。僕は追加するよ」
「じゃあ僕も」
僕はスマホで飲み物を追加した。
しばらくしておばちゃんが飲み物を持ってきた。
先輩はあからさまに嫌な顔をした。
おばちゃんは先輩には生ビール、僕には紫色の飲み物をおいた。
「はい。巨峰サワー。巨乳じゃなくてごめんね」
と言っておばちゃんは笑った。
僕は「ははは」と笑った。先輩は笑わない。
帰り際、おばちゃんは僕に向かってウィンクをした。
「だからやめてくれよ」
と先輩は言った。
僕は巨峰サワーを飲んだ。
「本当は生ビールが良かったけど、巨峰サワーも悪くないな。巨峰サワーは80点で、おばちゃんはまた80点いれちゃお」
「おいおい、勘弁してくれよ」
先輩はとうとう怒り始めてしまった。
その後も僕と先輩は好みが全く合わず、雰囲気が最悪のまま宴会を終えることになった。
たぶんもう二度と先輩と一緒にこのお店に飲みに来ることは無いだろう。
お好み居酒屋には好みが合わない人とは来るべきではない、と僕は思った。
おわり。
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