見出し画像

ロウとコウ

 ロウはコウの幼馴染だ。
 小学校3年生のときに、ロウはコウの通う小学校に転校してきた。
 ロウは帰国子女だ。イギリスから日本に帰ってきた。

「僕はロウです。ジュード・ロウのロウです」
 とロウは自己紹介をした。
 しかしクラスメートは誰一人ジュード・ロウを知らなかった。
「柔道のロウ?」
 とみんなに誤解され、それからロウは「柔道のロウ」と呼ばれるようになった。
 しかたなくロウは柔道を習うことになった。

 中学校のとき、コウはロウと付き合うことになった。
 ロウはモテた。すごくモテた。
 だけどロウは自分に集まる女の子たちを好きになれなかった。
 だから「僕はコウと付き合っているんだ」と言って女の子たちの誘いを断る口実にしていた。それは単なる口実だった。
 だけどもコウはそれがうれしかった。なぜならコウはロウのことが好きだったからだ。

 高校に入るとき、ロウはイギリスの高校に留学するとことになった。
 コウは離れていても二人は恋人同士だと思っていた。
 だけどもロウは、イギリスにゆくとすぐに彼女を作って、コウのことなどは忘れてしまったのだ。
 コウはロウのことを思い続けたが、ロウはそんな気持ちを知る由もなかった。

 大学を卒業し、ロウはイギリスにある日本企業に就職をした。
 そしてロウはある日、日本支社への転勤が決まり、日本に帰国することになった。
 それを知って、コウはロウに連絡をした。

「私達、幼馴染でしょう? 日本に帰国したお祝いに手料理をごちそうするから、私のアパートに来て」
 とコウはロウを誘った。
 ロウはコウの言葉を言葉取りに受け取り、コウのアパートにゆくことを了承した。

 コウは手料理をテーブルの上に出した。
「はい、回鍋肉ホイコウロウ
 とコウは言った。
「手料理っていうから、てっきり日本料理かと思ったら、中華なんだ?」
 とロウは驚いた。
「そうよ。おいしいから。さあ、いいから食べて」
 コウはロウにそう言った。
 ロウは「うん」とうなずいて、回鍋肉を食べた。

「どう?」
 とコウはロウに訊ねる。
「うん、回鍋肉だ」
 とロウは答えた。

 そんなことは知っている。だけども回鍋肉はとびきりおいしいという料理ではなく、普通においしい料理だ。だからそんな感想も仕方がない。
 イギリス帰りのロウにとっては、中華料理で歓迎されているという気持ちにはなれなかった。手料理だったらもっと他にあるんじゃないのか、という思いがぬぐえなかったのだ。

「これはね、願掛けなの」
 とコウは言った。
「願掛け?」
 ロウはコウに聞き返した。

「回鍋肉ってね、お肉を一度茹でて、それから炒めるのよ。ホイってね、中国語で「帰る」っていう意味なの。なべ帰るにくで、回鍋肉ホイコウロウなのよ」
「だから?」
 ロウにはコウの言っていることの意味がまるでわからなかった。
「ロウがコウに帰ってきて欲しいの。ホイ帰る、コウ、ロウ。なんつって」
 コウはジェスチャーでホイと言いながら自分に手招きし、コウと言いながら自分を指し、ロウと言いながらロウを指さした。
 そして照れくさくなって舌をペロッと出した。
「てへ」

 ロウはその様子を呆れた表情をして見ていた。
 そして回鍋肉を口に入れた。

「おいしいよ。すごくおいしい」
 ロウはそう言ってコウを見つめた。
「やだやだやだ、そんなに見つめないでよ」
 コウは涙が溢れた。
 次から次へとぽろぽろと涙が流れた。
「やだ、私、何で泣いてるんだろう?」
 コウは意味もわからずに泣き続けた。

「ロウはコウに帰る」
 ロウはそう言った。

「僕は君の元に帰るよ」
 ロウはそう言って微笑んだ。
「今まで君の気持ちを裏切ってごめん。君は僕の大切な人だ」
 ロウはそう付け加えた。

「ありがとう。おかえりなさい」
 とコウは言った。

 コウは涙が止まらなかった。
 ロウはそんな彼女にキスをした。

おわり。

もしも僕の小説が気に入ってくれたのなら、サポートをお願いします。 更なる創作へのエネルギーとさせていただきます。