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君の歌声は素敵だ

「君の歌声は素敵だ」
 と僕は彼女に言った。

 僕は駅前のコーヒーショップでオーダーをするために並んでいるときに、ふと目の前に並んでいる女性が、僕の友達の彼女の友達であることに気がついた。
 以前に街中で偶然その友達に会い、そのときに一緒にいたのが彼女だ。
 僕は「直子さんのお友だちですよね?」と言って声をかけた。彼女は振り向いて僕の顔を見ると、あのときのことを思い出した様子で、笑顔で「こんにちは」と言った。
 僕は「こんにちは」と答えたあとに「一人ですか?」と尋ねた。
 彼女は「はい」と答えた。僕は「僕もです」と言って笑った。

 彼女の順番が来て、彼女はケーキとコーヒーをたのんだ。そのケーキはとてもおいしそうだった。
 彼女がオーダーを受け取って先に席につく。僕は自分のオーダーをした。
 僕がオーダーを受け取って、席を探してきょろきょろとしていると、彼女が目の前の席を指差して、「ここにどうぞ」と言った。
 僕は彼女の正面の席に座った。

 僕は彼女がギターを弾きながら歌を歌っている姿を、友達に見せてもらったことがある。スマートフォンで撮影された動画だった。その歌声は透き通っていて、とても魅力的なものだった。
 僕はそれを思い出して、彼女に言ったのだ。

「君の歌声は素敵だ」

 唐突な僕の言葉に、彼女は顔を赤くした。
「君の歌声を聴かせてもらったんだ。君がギターを弾きながら歌っている姿が印象的で、ともかく歌声が素敵だと思った」
 僕は率直な感想を彼女に伝え、彼女は「ありがとう」と答えた。


「今度生で聴きたいなあ」
 と僕が言うと、「恥ずかしいから嫌です」と言って笑った。

「どうしてもこのケーキが食べたくて、一人で来ちゃったんです」
 と彼女は話題を変えた。
「うん、おいしそうだ」
 と僕が言うと、「あげませんよ」と言って微笑んだ。
「そりゃあそうだ。恋人同士じゃないんだから、あ~んとかして食べさせてくれたりなんて、変だものね」
 と僕は言った。

「写真撮って良いですか?」
 と彼女が言うので、僕は背筋を伸ばした。
「違いますよ。ケーキの写真です」
 と言ってまた笑った。
 よく笑う子だ、と思うが、それも違う。僕が笑わせているのだ。無意識のうちに。

 彼女はケーキの写真を撮った。
「インスタにあげるんです」
「ふうん」
 と僕はうなずく。
「アカウント、教えませんよ」
 と彼女は言う。
 何だか僕がナンパをしているみたいになっている。

「君は僕とは違う世界の人みたいだね」
 と言うと、彼女はまた笑った。
「私もそう思いました」

「小説読むのが好きでしょう?」
 と彼女は僕に尋ねた。
「うん。読むのも書くのも好きだ」
「小説書くんだあ、なんか、それっぽいね」
「そう?」
「うん」

「君の名前を聞いてもいいかな?」
 と僕が尋ねると
「最初っから呼んでるくせに」
 と彼女が答える。
 え?

「私の名前は水野貴美。キミ、キミ、って私の名前を呼び捨てにして、あなたって馴れ馴れしい人だなって思ってた」


終わり。

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