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Kindle本の出版計画 ~届けられなかった本~

「先生の半生って、おもしろいことばかりだね。ねぇ、先生。先生の半生をもとに小説を書いてよ。俺、先生が書くものだったら読んでみたい」

 私の職場であるホスピスの、患者Jさんからいただいた言葉である。

「いやいや、無理ですよ。僕なんかが書けるわけないじゃないですか。読む専門ですよ」

 私は照れる気持ちを隠しながら返答した。

 Jさんは、日本文学をこよなく愛し、私が病室を訪ねるといつも本を読んでいた。司馬遼太郎、遠藤周作、向田邦子、赤川次郎……様々な本がテーブルに積んである。
 リハビリを行いながら、彼と文学や人生について語り合う時間は、とても楽しいものであった。その会話の中で、Jさんが何気なく発したのが冒頭の一言である。

 実は過去に、小説を二編だけ執筆した経験がある。もう十年以上も前だ。その際に、プロットやキャラクターの作り方、三幕構成などのシナリオ理論もほんの僅かだが勉強した。
 本格的に執筆されている方には失礼だが、私自身も小説を書く大変さや楽しさを少しは理解しているつもりだ。
 また、小説の執筆にはかなりの時間を要する。私の感覚では、俳句・短歌は短距離走、エッセイは中距離走、そして小説はマラソンみたいなものである。小説は、たとえ短編でもそんなにすぐ短期間で書き上げられるものではない。
 そうなると、余命数ヶ月の患者さんの残された時間に作品の完成が間に合う自信はなかった。

 そこで発想を変え、これまでnoteに綴ってきたエッセイや、詠んできた俳句をまとめたものを一冊の本にすればよいのではないかという考えに至った。
 そうすればきっと、私の半生の断片的なものが伝わるのではないか。

 また、私には創作活動を始めた頃から一貫して伝えたいテーマがある。
 あえて明記しないが、これまでの記事にも何回も出てきた言葉である。
 
 この想いを、私の生き様と共に伝えられたら、こんなに幸せなことはない。
 Jさんに一日も早く届けよう。そういった経緯から出版計画は始まった。
 出版方法は一番手軽なKindleである。

 これまでの原稿を見直す。どのエッセイを掲載すべきか選定する。勿論、俳句も同様である。そして、改めて細かく推敲し、順番も考える。他にも表紙を作成するなど、想像以上に作業は難航した。

 そうこうしている間に、Jさんの容体は悪化し、亡くなってしまった。

 喪失感は大きなものだった。
 Jさんが私の作品を読んだら、どんな感想を持つのか楽しみだった。何より、作品を通じてメッセージを届けたかった。

 叶わなかった願いと作りかけの書籍。このまま終わりにしてはいけないと考え直した。
 かなり個人的で自己満足な書籍になるだろう。それでも、Jさんだけではなく、一人でも多くの人……いや、たった一人でもいい。私の作品を通じて、心に寄り添うことができたら嬉しい。

 愛について、命について、その秘密を考えてきた日々を、一冊の本に込めて。

 ということで、エッセイと俳句を編んだKindle本を、今月末あたりに出版予定です。
 初めての試みなので心配ですが、間に合うように頑張ります。

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