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*読了9冊目*『一人称単数』

『一人称単数』 村上春樹著 を読んだ。

これらの短編の主人公って全部村上春樹さんだよねと思った。
違うのかもしれないが、そう思って読んだ方が断然楽しめたので、私は勝手にそう思って読んだ。

主人公の「僕」は自分から積極的に働きかけていくタイプではないのだが、向こうからやってきた時には大抵流れのままにすべて受け入れているのがすごいと思う。
なんというか、垣根が低いというか、なんでも吸収するスポンジみたい。
「なんでも吸収するスポンジみたいね!」というのは、よく小さな子供に向けて使われる言葉だが、どうもこの短編に登場する主人公にも子供のように無邪気で貪欲な好奇心がずっとあるように感じる。

二つ目の短編『クリーム』の中で老人が「中心がいくつもあって外周を持たない円」の話をしていたが、その中心のひとつである僕の視点から見た世界と、その僕の点に接近してくる他人の視点との一時の交流、そしてそれらは外周を持っていない円なので、どこまでも混ざり合い変化し合い、時には異世界ともつながっていく。

それにしてもなぜ「僕」の周りにはこうも奇妙な人たちが集まってくるのか。
それはおそらく彼が「何が普通で何が異常なのか」というものさしを持っていないからだろう。
そういうところも小さな子供と似ている。

そして4つめの短編『ウィズ・ザ・ビートルズ』には、名前も知らない同級生の女の子に一瞬で心を奪われるシーンが出てくるが、その鮮烈な記憶さえあれば一生分の詩が生まれるくらいの、そういう出会いってあるんだろうなと思った。

7つ目の短編『品川猿』は、この猿も「僕」なんじゃ?と思った。なんとなく。

そして最後8つ目の短編『一人称単数』、ここへ来てやはり、バーのカウンターで突然話しかけて来た女性の言葉「そんなことしていて、何か愉しい?」は、どうも「僕」が「僕」に投げかけた言葉のように感じてしまった。
「僕」がもともと自分に対して思っていたことを、たまたま隣に座った相手が鏡のように映し出しているだけだと。

そう思うと、「僕」は色々な奇妙な人たちに出会って、色々な奇妙な会話に巻き込まれているように見えるが、実はその奇妙さはもともと「僕」の中にあったもののように思う。



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