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【産学連携/対談記事】(Part2)上智大学・森永教授にウェルビーイングについて聞いた!「大切なことは横の糸と縦の糸を紡ぐこと」

三井物産人材開発の大川です。今回のPart2ではPBL(Project-based Learning)授業のテーマでもあり、森永教授の研究領域でもある「ウェルビーイング」、「エンゲージメント」、「やりがい」について森永教授に行ったインタビューを投稿させていただきます。
(interviewer:三井物産人材開発株式会社 佐々木、大川)


授業やゼミにおいて大切にされていることは「考えさせること」

佐々木)
普段の授業やゼミの運営に関してお伺いさせてください。森永先生は、どのようなことを意識して授業・ゼミ運営をされているのでしょうか?
 
森永教授)
自分たちで考えることを意識して授業設計をしています。
教員は、プロジェクトの過程でアドバイスは行いますが、答えは渡しません。そもそも、答えもありませんし。学生には、色々な答えのあり得るものに対して自分自身で考え、悩み、アウトプットを出す経験をしてほしいと思っています。
また、ゼミではグループワークの中でもメンバー1人1人の特徴や強みを活かして取り組むことで、強みを伸ばし、やりがいを感じてもらうように意識しています。
今回のPBL授業ではロジカルに、かつ知識を活用しながらの現状分析を行うワーク等左脳的な側面を前半に行いつつ、後半はワークも交えて学生に向けて発表するクリエイティブな右脳的側面もありました。
両校ともどちらの側面もできる学生はなかなかいません。両方を体験することができたからこそ、各大学における学生の強み、弱みがある、と感じられたのではないでしょうか。

学生時代から「エンゲージメント」「やりがい」について考えることは自己理解につながる

森永教授)
今回のプロジェクトテーマとして、「エンゲージメント」や「やりがい」を設定したのは、自分がどういう点に面白みを感じるのか、何を伸ばしていきたいのか、という観点から、自分を一歩深く理解することができる、と考えているためです。
自分が楽しいと思うことを行う学生時代とは異なり、社会に出て働く上では求められること・やらなくてはならないことに巻き込まれていくこともある。その中で、自分が面白いと思うこと、やりがいを感じることを理解することで、少しでも仕事を楽しくしたり、やりがいを感じたり、成長につなげやすくなると思うのです。
そのため、学生時代からエンゲージメントややりがいについて考えておくことは、社会でイキイキと働くきっかけづくりやスタート地点にはなると考えています。

「働くとやる気を失うのはなぜだろう」と考えたのが研究の原点

佐々木)
エンゲージメント・やりがいをテーマにすることで、学生が自分を深く理解するとともに、社会に出るための準備になるとのこと、本当にその通りだと思います。こうしたテーマと、森永先生の研究領域はどのようにつながっているのでしょうか?
 
森永教授)
もともと、修士時代から「やる気の研究」を行っていました。その中で、大学時代にエネルギッシュだった友人が、社会人となって1,2年すると元気がなくなり、やる気を失う、ということがあって、何故だろう、と考えて当時の最新の研究を調べるようになりました。
多くの企業や大学でやる気を高めるための施策が実施されているにもかかわらず、働く人がやりがいを持てない・やる気が高まらないのはなぜなのかと思い研究していくうちに、そもそもやりがいの前に、心身の健康といった、安心して働ける土台が欠けてしまっているのではないか、と感じるようになりました。
その中で、「ウェルビーイング」というキーワードが重要なのではないかと思うようになり、今の研究につながっています。
(参考:武蔵大学 森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第1回】ウェルビーイング経営の探求:旅のはじまり | 日本の人事部 健康経営 (健康経営が分かる、実践のヒントが得られる) (jinjibu.jp) ※所属は当時のもの) 

ウェルビーイングにおける昨今の日本企業の課題は「全員が『腑に落ちる』こと」

森永教授)
人的資本経営が注目されるようになり、その中でもウェルビーイングに対する企業の関心は高まっていると感じます。そのため、「ウェルビーイングに力を入れていこう」という経営陣のコミットも得られやすくなっているように思います。経営陣がトップダウンで推進するのは良いことなのですが、問題なのは、現場の従業員にとって、ウェルビーイングは今まで取り組んできた施策と何が違い、具体的に何をやろうとしているのか、腑に落ちないまま勢いだけで進む状況も散見されることです。
このような状態だと、良い取り組みでも施策の意図が伝わり切らず、従業員が前向きに受け止めにくいのではないかと危惧しています。
人事や経営陣だけでなく、現場で働く従業員にまで意義が伝わり、全員が腑に落ちる状態を作っていくことが次の課題だと感じます。

取り組みの意義を伝えるために企業が意識すべきことは「横の糸と縦の糸」

佐々木)
確かに、全員が納得感を持てないと、良い取り組みを行っても「やらされ感」を抱いてしまいそうです。
 
森永教授)
ウェルビーイングの取り組みの意義を感じてもらうためには、「横の糸と縦の糸を紡いでいくこと」が大切だと思っています。
横の糸とは、様々な施策、健康や安全の確保、人材への投資等の整合性・一貫性を指します。さまざまな取り組みがウェルビーイングに繋がっているにも関わらず、別の取り組みとして扱われるケースが多いと聞いています。各取り組みそれぞれの位置づけを共有し、整合性・一貫性の取れた取り組みとすべく施策間の連携を取ることが重要ではないでしょうか。
大きな企業であれば、同じような施策を異なる部門で実施していることもあります。これでは、横の糸がつながっているとは言えません。ウェルビーイングというテーマで、施策間の整合性・一貫性を取ることで、一つの大きな取り組みとして認識してもらうことができます。
 
縦の糸は役職間の連携のことです。経営陣だけがコミットをしても、施策が従業員に届かないことはよくあることです。だからこそ、経営陣、ミドルマネージャー、現場の従業員といった各階層に対して、「何故そのような取り組みをしようとしているのか」というメッセージを発信し、うまく巻き込みながら取り組んでいくことが肝心です。
 
佐々木)
確かに、経営陣や管理職の言葉が適切に現場に届くことは簡単ではないと、人材育成に携わる中で感じます。特に、ウェルビーイングのようなカタカナ言葉はわかりにくいですし、また様々な施策が並行して行われていると、各施策がどう繋がっているのか、現場レベルで理解しにくい印象です。
「横の糸と縦の糸」をうまく結びつけて取り組み意義を現場に浸透させるため、日本企業が抱えがちな阻害要因をどう乗り越えればよいのか、示唆をいただきたいです。
 
森永教授)
もともと日本企業は人を大事にしてきた、と言われます。そのため、経営陣からすると「ウェルビーイング?昔からやってきたことだ」と感じている人も一定数いるように思います。また、曖昧な概念だからこそ、過去の取り組みとの違いが感じにくい経営陣もいると思います。だからこそ、いま求められている点や、過去と比べてバージョンアップしている点をしっかり説明することが必要です。
例えば、今まで自社で行ってきた取り組みと照らし合わせ、今までできていなかったところ、新たに必要なところやその理由を明確にして伝えることで、経営陣から従業員まで、ウェルビーイング施策に対して前向きに取り組んでいくことができると思います。
 
佐々木)
ウェルビーイングが分かりづらいために、もしかすると今までやってきたことに一部包含されていることもあるかもしれないですし、何をやれば良いのか(できていないこと、新たにすべきこと)の解像度が低いからこそ、森永先生が仰った通り、クリアにしていく必要があるのだとお聞きして感じました。

現在は「施策の浸透」と「オフィスの活用」に着眼

佐々木)
森永先生の最近の研究上の関心事はなんでしょうか?
 
森永教授)
1つは、先ほどの「横の糸と縦の糸」の話の通り、施策やその意義をどのように浸透させていくかということです。こちらは、数年前よりデータを取って調査を進めています。もう1つが、オフィス活用とやりがいの関連という観点です。
各企業において、柔軟な働き方が認められるようになり、個人の自律度は増してエンゲージメントは高まり、集中して仕事を行う環境が整ってきています。個人の仕事環境が整備される一方で、組織を超えての協働・情報連携・新たなアイデアの創出等が難しくなっているのではないか、という、いわゆるトレードオフがあるように感じています。
オフィスレイアウトの観点では、最近フリーアドレスが増えています。職場環境が変わる中で、部下のやりがいを高めるための管理職の振る舞い方も変わっていかなくてはならないのではないかと思います。
 
佐々木)
やりがいからオフィス・組織施策と、先生の研究領域は相当広がりがあるように感じますが、先生はこのような幅広い研究領域を、どのように整理されていますか?
 
森永教授)
先に述べた背景から「やりがい」について研究を行っている傍ら、私たちの世代が社会人になったのは、働き方改革の動きが始まったタイミングでした。働き方や仕事への向き合い方が変わる中、「やりがい」に影響を与える要因として、最初はジョブ(仕事)の領域から始まり、ダイバーシティや健康といった、組織や人に関する領域へと少しずつ広がっていった感じです。そして、今は現場への施策浸透、という課題の研究へと歩みを進めています。
ただ、これほど広い領域を1人ですべて研究できないので、他領域の専門家を交えて学際的に研究を行っています。例えば、健康関連の施策に関する研究では医学系の研究者、オフィスの観点では建築学の研究家と共同で研究しています。

やりがいやエンゲージメントを高めるために意識すべきことは「組織の新しい形」と「管理職の役割整理」

佐々木)
やりがいやエンゲージメントに話を戻します。現場で苦労している管理職や人事担当者が、従業員のやりがい・エンゲージメントを高めるために意識すべきことは何でしょうか?
 
森永教授)
管理職の負担は相当大きなものとなっており、こうした施策を管理職頼みで進めていくのは、今後ますます難しくなると思います。新しい組織の形や管理職業務の分担は今後必要になってくると感じており、それに合わせた研究や育成機会が必要になってきそうです。
 
大川)
先生のお話をお聞きして、アカデミアとの連携がより大切になっていくと感じました。
 
森永教授)
研究上、やりがいや働きがいと健康は異なる領域に分けられているのですが、ウェルビーイングという考え方のもとでは両方ともつながっています。研究者が1つ1つを分けて研究している領域が、全体としてどう影響し、関係し合っているのかを示すとともに、全体性をもって現場に活用する、といった必要性や潮流があるのではないかと感じています。

Part2として、森永教授との対談記事をご覧いただき、誠にありがとうございました。

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interviewee:森永 雄太氏(上智大学 経済学部 経営学科 教授)
もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。組織学会編集委員会編集委員、日本労働研究雑誌編集委員。
著書は『ジョブ・クラフティングのマネジメント』(千倉書房、2023年)、『ジョブ・クラフティング: 仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房、2023年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞多数。
 
interviewer:三井物産人材開発株式会社 佐々木 孝仁、大川 卓
佐々木孝仁(Takahito Sasaki)
三井物産人材開発株式会社 人材開発部 部長
一橋大学経済学部卒業、2005年に株式会社リンクアンドモチベーションに入社、その後教育系ベンチャー企業を経て、2009年に三井物産人材開発株式会社入社。三井物産グループ向け研修の企画・開発・講師や各種研修起ち上げ等を経験。2017年にアジア・大洋州三井物産(株)(在シンガポール)に出向し、アジア地域の育成体系再構築を主導。2021年より現職。人材開発部門の責任者を務めつつ、各大学との共同研究をリードしている。立教大学大学院経営学専攻(リーダーシップ開発コース)博士課程後期在学中。
 
大川卓(Suguru Okawa)
三井物産人材開発株式会社 人材開発部 キャリア・デベロップメント室
大学卒業後、株式会社リクルートキャリア、パーソルキャリア株式会社を経て、2019年に三井物産人材開発株式会社入社。内定者・新入社員~3年目までの若手社員、育成担当者を対象にした研修の企画・開発や講師を務め、オンボーディング領域を中心に大学とともに探究している。