盆栽は、もっと自由に楽しめる
伝統は今を生きる vol.14
春のとある日のことです。
僕は撮影の仕事で、東京西麻布にある高級スーツテーラーのアトリエを訪れていました。
そのとき見かけたのが、高級感のあるクラシックな内装の中に置かれた見事な「盆栽」。
「かっこいい…」
心の中でつぶやいて、思わずシャッターをきっていました。
和のものである盆栽が、こうも洋式のインテリアに合うなんて。
「盆栽=和」という、僕の中の固定概念が音を立てて崩れ落ちた瞬間でした。
オーナーにアトリエに盆栽を飾っている理由を聞くと、「単純にカッコいいなと思ってね。洋式のインテリアにも合うでしょ?大好きなんだよね。」という答え。
同世代のオーナーの言葉に、自分がいかに「盆栽」のポテンシャルを見誤っていたかを感じさせられました。
これは盆栽について、もう一度認識を改めなおさなくては!
そう思いたち、以前お仕事でお世話になったことがある『大樹園』さんに取材を申し込みました。
盆栽の歴史
取材の前に少しだけ盆栽の歴史に触れてみましょう。日本の盆栽のルーツは、約1200年前に中国で誕生した、盆山(ぼんさん)という石と樹を箱庭サイズに納めたものが始まりとされています。平安時代にこの盆山が日本に伝わり、貴族や上流階級の間で流行。江戸時代に入ると庶民の間にも徐々に浸透しました。盆栽という言葉は、江戸時代末期から明治時代にかけて使われ出した名称ということになっています。
黒松盆栽の聖地『大樹園』へ
今回取材をさせていただく『大樹園』があるのは、愛知県岡崎市。
東名高速道路岡崎ICからほどなくの場所にあります。
大樹園は、盆栽業界では大変有名な「黒松盆栽の名門」です。
今では「盆栽の王様は黒松」と言われているのですが、少し前まではそうではありませんでした。
黒松は葉が長すぎて、小さな盆栽としては育てにくかった為です。
その黒松を盆栽用に育成する方法を確立したのが、大樹園さんなんだとか。
盆栽ファンにとっての聖地とも言える場所に、久しぶりに足を踏み入れます。
大樹園の園内に入ると、そこはまるで異世界。
盆栽が所狭しと並んでおり、その迫力に圧倒されます。
早速、大樹園 四代目の鈴木卓也さんにお話を伺いました。
——大樹園さんは創業何年ですか?
鈴木:昭和9年創業なので、今年で88年目ですね。初代である義曽祖父がこの地で創業し、私で四代目となります。
——大樹園さんにとって「黒松」はどのような存在でしょうか?
鈴木:おかげさまで大樹園と言えば黒松と呼ばれていますが、それは初代が確立した「短葉法」という育成方法が画期的なものであったからです。以前まで黒松は盆栽業界では見向きもされないものでした。理由は葉が大きい(長い)ためです。盆栽はミニチュアサイズにしたときのバランスがとても重要になります。黒松は樹齢が多ければ多いほど樹皮が割れて趣が出てきますが、葉が大きすぎるので盆栽業界では「黒松の盆栽」を半ば諦めている状態でした。しかし初代がこれをなんとかできないかと考え研究を繰り返し、見事に盆栽向けの黒松の育成方法を確立しました。初代がこの黒松にこだわったのは三河地方の特産品である黒松を、もっと世に出したいという想いからと聞いています。
——鈴木さん(四代目)が盆栽業界に入ったのは、どんなきっかけだったのでしょうか?
鈴木:私は実は、もともと料理人だったんです。料理人の仕事はとても楽しくやりがいがあったのですが、ここ大樹園の娘であった妻と結婚し、子どもができてから考えが変わりました。妻の実家の仕事を盛り立てたいし、この仕事なら自宅が仕事場のだから子育てにも参加できる。そう考えて、まったくの異業種から思い切ってこの世界に飛び込みました。だから最初から盆栽に興味があったわけではないんです。
畑違いの仕事なので、最初は様々なことに戸惑いましたが、厳しい5年の修行を経て、現在11年目になります。今では本当に盆栽が大好きです(笑)
——僕のような初心者が育てるのに向いている盆栽はありますか?
鈴木:樹齢や大きさなどで変動するので何とも言えませんが、価格帯で言うと数千円〜5万円くらいの盆栽が初心者の方には向いていると思います。
育てやすさという点においては「落葉樹」がおすすめです。落葉樹は葉や花がつくため季節をわかりやすく感じることができるんですよ。
そしてもうひとつおすすめしたいのは「五葉松(ごようまつ)」です。五葉松は、初心者がもっとも失敗しやすい「水切れ」を起こしにくい樹種になります。手入れが少なくてすむので、自分は少し無精かなという方も育てやすいのではないでしょうか。
ちなみに盆栽用の剪定鋏があるのをご存知ですか?
2,000円程度のものもあるので、こちらを使うと盆栽の手入れが格段にラクになると思います。あと医療用のピンセットもあると細かい作業ができて便利ですよ。
——盆栽を暮らしの中に取り入れるコツはありますか?
鈴木:こういう質問が出るということは、まだまだ盆栽に対して一種の固定概念があるということですね(笑)
盆栽は昔からあるもので「純和風の家にしか合わない」と思い込んでいる方はたくさんいらっしゃるかと思います。ですが盆栽自体は、自然界に実際にある風景を観賞用に小さくしたものです。だから決して現代様式の生活に合わないことなんて無いんです。私自身は、盆栽は和だけでなく洋式の暮らしにもピッタリハマると感じています。その証拠という訳ではありませんが、近年ではおしゃれな飲食店やホテルなどの宿泊施設でも盆栽を飾るところが増えてきたように感じますね。
また、ご家庭で盆栽を楽しむ場合の注意点もお伝えしておきます。盆栽をサボテンなどの観葉植物と似たようなものだと勘違いされて室内に置かれる方が多いのですが、それは間違いです。盆栽は基本的にはお庭やベランダなどの屋外に置いてください。ただお客さんなどがお越しになられる際や、ハレの日などに室内に飾ってあげていただく分には良いかと思います。
——なるほど。最初は育てやすいものからチャレンジすると良さそうですね!では最後に今後の展望についてお聞かせください。
鈴木:今やりたいことが2つあって、1つは、もっと幅広い方に盆栽の魅力を発信していきたいということ。このようなメディアで紹介いただくこともそうですが、これは色々と動いている最中ですので今後の大樹園を楽しみにしていください。先代達が築いてくれたものを守っていくのは勿論ですが、こういう時代だからこそ多くの日本人の方に盆栽の魅力を発信する努力をしていきたいと思います。
そして2つ目は、価値の高い盆栽の海外流出の防止です。これは嬉しいことでもあるのですが、盆栽はいま海外での評価が非常に高くなっています。日本での需要よりも海外での需要の方が高くなりつつあり、国内の貴重な盆栽が海外に流出してしまう事例がここ近年多く見られるんです。需要と供給の問題なので仕方のないことではありますが、海外に出てしまった盆栽は、例外を除いては二度と戻ってくることはありません。自分としては歴史的価値の高い日本の宝である盆栽をなんとしても守っていきたいと考えています。
盆栽は、漫画やアニメの世界では「おじいさんが嗜むもの」としばしば表現されていますが、実際はそれだけではありません。若い方で盆栽を育てている方も、いまたくさん増えているんです。アートの視点から見ても本当に面白いものなので、ご自宅で過ごす時間が長い今だからこそ、是非ともご家庭で盆栽を楽しんでみてください!
——自分でも育ててみたいと思います!お忙しいなかありがとうございました!
変わりゆく新時代の「盆栽」
大樹園さんでは、盆栽に気軽に触れていただけるサービスとして月額制の「レンタル盆栽」も展開されているそうです。
当社のスタジオにもこのレンタル盆栽を入れられないかと、経理スタッフと現在検討しています。こんなにカッコよくて面白い伝統文化「盆栽」をほっとくなんて、僕にはできませんからね!