夕木春央『サロメの断頭台』 作者一流のホワイダニットの先に待つ罪と罰

 『方舟』『十戒』で知名度を大きく上げた作者の大正ミステリ、蓮野&井口シリーズの第三弾であります。思わぬところから発見された井口の未発表の贋作。その犯人を探す二人は、やがて『サロメ』に見立てた連続殺人に巻き込まれることになります。

 かつて祖父が購入した置時計の件で、通訳役の蓮野と共に、来日した富豪・ロデウィック氏を訪ねた井口。井口の作品に興味を持ってアトリエを訪れた氏は、ある作品を見て、そっくりな絵をアメリカで見たと告げます。
 しかしその絵は、女優の岡島あやを描いた未発表の作品。それを誰が盗作して、そして海外に持ち出したのか? 自分の方が贋作ではないことを示すため、井口は蓮野の手を借りて犯人を追い始めます。

 しかしその機会があったのは、数年前に新婚祝いで家を訪れた同業者たちのみ。折しもその時の面々が所属する芸術家グループ・白鴎会の例会が開催され、出席する井口ですが――会場に現れなかったメンバーの一人が、奇妙な姿の死体となって発見されます。
 その後も井口と白鴎会メンバーが集まるたびに発見されるメンバーの死体。奇妙な扮装を施されたその姿は、戯曲『サロメ』を連想させるものでした。

 はたして盗作事件と贋作事件、そして連続殺人に関わりはあるのか。なぜ一連の事件は『サロメ』を見立てるのか。やがて井口と蓮野が知ることになる、残酷な真実とは……

 時系列的にはシリーズ第一弾『絞首商会』の直後であり、シリーズ第二弾の短編集『時計泥棒と悪人たち』で物語のキーとなった置時計が物語の発端となる本作。
 人嫌いが昂じて泥棒になったという奇妙な過去を持つ蓮野と、彼の親友で画家の井口のコンビをはじめとして、普通のようでどこか個性的な面々が繰り広げるシリーズも、既にお馴染みになった感があります。

 孤独に暮らしていた芸術家が、姿を周囲に見せない妹が行方不明になったと警察に届けを出した後、自殺を遂げるという謎めいた発端から始まる本作。メインとなる井口の未発表の絵の盗作事件とそれがどのような形で繋がるのか――それが全く謎のうちに、一つの事件がまた次の事件を呼び、そしてその合間にも奇妙な出来事が相次ぐという、目まぐるしい事件の連鎖は、実に賑やかで、ある意味本格ミステリの醍醐味に満ちているといえるでしょう。
 さらにキャラクター面でも、今回は画壇が舞台の一つということもあり、相変わらず無遠慮な顔を見せる井口の友人の画家の大月、何故か毎回大事に巻き込まれてアクションを演じる羽目になる井口の姪の峯子など、レギュラーの活躍(?)もファンとしては嬉しい限りです。

 そして何よりも、元泥棒(本作では彼の失職記念日のお祝いというケッタイな場面が)で、探偵を毛嫌いしながらも、探偵「的」役割を果たす蓮野の存在感は抜群で、本人は至って真面目なのにも関わらず、何を言っても面白いという状態なのが本当に楽しい。
 今回は彼の「美形」という点が強調され、重要人物の一人である岡島あやが、彼に強い執着を見せるのも気になるところです。

 ――と、主にキャラ面にばかり触れてしまいましたが、本格ミステリである本作の性質上、これより踏み込めないのが何とももどかしいところではあります。

 ただここで言えるとすれば、作者一流のホワイダニットはここでも健在であること、そしてそのホワイダニットが解き明かされた果てに待つのは、様々な意味で残酷極まりない真実であるということです。
 大正ものでこっちに寄せるとは思わなかった――というのが正直な印象ではあるのですが、終盤に待つ罪と罰を巡る怒涛の展開には、ただ言葉を失うほかありません。

 そしてそこで明らかになる、蓮野がこれまでとはまた異なる意味でアンチ(名)探偵として存在していること、また彼の持つ美しさにある種の必然性があることを――さらに言えば、冒頭から「美」というものに対して様々に言及される意味を――知った時、ほとんど打ちのめされるような印象を受けます。

 そして上で冗談めかして触れた彼の生真面目さ――それがまさしく彼の本質であることも痛感させられるのです。それは本作においては一つの救いというべきかもしれませんが……

 その序盤の口当たりの良さと裏腹に、とてつもない歯ごたえと重たさを持つ本作。なかなか正面から受け止めるのが大変な作品ではありますが、それもまた、間違いなく作者の作品の魅力というべきなのでしょう。
(この先本作を受けて、登場人物たちがこの先どのように動くのか、大いに気になるところではあります)


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?