霜月りつ『いろは堂あやかし語り よわむし陰陽師は虎を飼う』 江戸の陰陽師と平安の武士の妖怪退治

 『神様の用心棒』『あやかし斬り』と、ファンタジー要素を取り入れた時代小説でも活躍している作者ですが、本作は、平安時代からやってきた武士が、江戸時代の売れない陰陽師のもとに現れたことから始まる、あやかし退治譚です。

 陰陽道がすっかり廃れた江戸時代、先祖代々の陰陽師の家系を守り、商売替えした兄二人に代わって、陰陽道を用いたよろず相談所「いろは堂」を営む寒月晴亮。
 しかし要領が悪い上に気が弱いところが災いして、閑古鳥が鳴く毎日を送っていた晴亮ですが――、ある日、庭に先祖が作った鬼封じの祠に異変が発生、祠から巨大な鬼と、一人の武者が飛び出してきたではありませんか。

 それは何と八百年前の世界からやってきた美貌の鬼・霞童子と、源頼光に仕えていた武士の虎丸――都を騒がした酒呑童子を退治した直後、逃げ出した霞童子を追った虎丸は、もろともに時と場所を超えるという時軸の穴に飛び込み、この時代に飛び出してきたというのです。

 その場から逃げ去った霞童子を倒さなければならないという虎丸の身の上を引き受け、共に暮らすことになった晴亮。しかし暮らしていくには先立つものが――というわけで、二人は町の人々から依頼を受けて、あやかし絡みの事件を解決すべく奔走することになります。
 虎丸の力もあり、次々と事件を解決し、名を挙げていく晴亮ですが、しかし彼の中には、いまだに自分の力不足に対するコンプレックスがありました。そしてそれが思わぬ結果を招くことに……

 現代から過去にタイムスリップするという作品はそこまで珍しいわけではありませんが、まだまだ少ないのは、過去のある時代からある時代へのタイムスリップというパターン。本作はその数少ない例外として、平安から江戸時代(それも桜田門外の変の後のほとんど幕末)にタイムスリップした武士が登場するという、ユニークな作品です。

 主人公の晴亮が、才能はあるのだけれど今ひとつ引っ込み思案の「現代っ子」である一方で、虎丸は、この時代の官僚化した武士に比べて、ほとんど武士の原型ともいうべき荒武者。
 バディものは、基本的にバディとなる二人が異なる個性であればあるほど、面白くなるものですが、その意味では本作の設定は合格でしょう。

 そして二人が挑むあやかしもなかなかにです。学者が残した書物を食い荒らす鼠の怪、家中で暴君のように振る舞う武士を襲った姿なき爪、次々と異常に肥え太った姿に変貌する吉原の女郎たち――
 題材となっているのは、お馴染みの妖怪たちなのですが、それに本作ならではの味付けがほどこされ、一捻りが加わっているのに好感が持てます。

 そして何よりも印象に残るのは、このあやかしたちの多くが、自然発生の(?)妖ではなく、人の想いが凝った存在であることでしょう。
 実体を持ったあやかしであれば、虎丸の力に及ぶものではありません。しかし真にあやかしを滅するためには、そこにある人の想いを知り、鎮める晴亮の心が必要となる――その構図は、バディものとしての本作を際立たせているといえます。
(さらにちょっと明かしてしまえば、こうしたあやかしの在り方そのものが、物語の内容に関わるのですが……)

 そして作者の作品の場合、ユーモラスな設定の中で、時にドキリとするほどシビアな人の情や業といったものを入れ込んでくるのが魅力の一つですが、それは本作でも健在です。
 特に第二話のある登場人物の境遇は、本当にどうにも生々しく、そしてやりきれないものがあるのですが――だからこそ、それを受け止める晴亮の優しさに、得難いものが感じられると言えるでしょう。

 ただ一点残念なことをいえば、虎丸がジェネレーションギャップ(?)を感じる場面が、思った以上に少ない点でしょうか。
 もちろん江戸に現れた直後のリアクションなどは実に楽しいのですが、特にメンタリティの点で、もう少し平安時代の武士と、江戸時代人との違いが強調されていれば、さらに面白かったかな、という点は勿体なく感じました。
 物語的にはまだ完結していないだけに、もし続編があれば、この辺りを期待したいところです。

 にしても、作中何度か登場する、元々武家の出だという長崎帰りの武居先生というのは、やはり……


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